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みんな、が何を指しているのかは考えなくてもわかった。
一瞬だけ見た屋上の光景が脳裏に広がる。みんな、動く気配は見せなかったが、とてもきれいな状態で並べられていた。
メイの表情は変わらない。ガラクも切っ先を向けられてもなお動じている様子はない。
長い沈黙。二人とも一瞬たりとも視線を逸らそうとはしない。どちらも本気だと空気で感じられた。
「大丈夫。ぐちゃぐちゃにはしないよ。それだと意味ないもん。だって、これからずっとボクと一緒にいるんだから。もちろんガラクは特別だからみんな以上にかわいがってあげる。今だって、苦しむことなく一瞬で眠らせてあげるから安心して」
死体でもいいから一緒にいたいと願う愛の形。法律のない裏街道では否定はしないが理解はできない。それほど嫌いな表に帰ってほしくないと願うほどメイの過去は重くて苦しいものだったのか。
だが、メイが本当に求めているのは、一方通行でない心のある理解者のはずだ。
目を覚ましてほしい。「メイ……!だめ!」
「何でだめなの?アリスはこんなに他人に干渉する人じゃなかったでしょ?自分の人生でさえ、簡単に諦められるほどに何にも関心がなかったじゃないか。それなのにガラクはダメなの!?」
メイは意外と私のことを観察している。今までの私は他人が死んだところで、友人のミカが目の前で殺された時でさえ取り乱すことはなかった。
それだけど――――――
「ガラクは……だめ。だって、目が死んでもなお現実を見ようとしている。私なんかよりも、よっぽど生きる価値があるんだから……」
その言葉を聞いたメイは眉を寄せて顔を歪ませた。見るからに嫌悪感が表れている。
「やっぱりアリス。ガラクが好きなんだ。そうだよね。ガラクはかっこいいし優しいもんね。ボクも大好きだもん」
以前も問われた事柄。だが、今なら頷くことができた。
現実が見られなくて裏街道に逃避した。だが、ずっと逃避していても生きていると実感できない。だからただでさえ目が死んでいて普通の生活ができないと理解していても、再び現実を見ようとしている。
ガラクの眩しいほどの強い感情に心動かされ、そして惚れていることは紛れもなく事実だった。
メイは先ほどよりも表情を歪ませ、ガラクに向き直る。
「アリスは、表の現状から逃れたくて自殺という道を選択していた。それに、戻る頃には目は死んでいるからどのみち構ってもらえる。だからボクはアリスに関しては安心していたのにさ」
まさに予想した通りだった。
だけど――――――安心していた?どうして過去形なのだろうか。
メイはガラクの足を挟むようにして正面に立った。もう逃がさないと言った空気をまとっている。いまだメイの身体からポタポタと流れる誰かの血が、ガラクの服の上に点々と落ちて赤い花を咲かせた。
手には大振りのハサミが握られている。その佇まいからも頃合いを見定めた様子だ。
「大丈夫だよガラク。今まで通り一緒にいるんだ。もう本を読んでもらえないのは残念だけど、それでもガラクが表に帰るよりかはマシさ」
笑みを浮かべながら、艶やかな声で囁くメイ。本当に子どもなのかと疑ったが、実年齢では私より年上のことを考えたら妥当ではあるのかもしれない。
それでもなお冷静なガラク。演技か素かわからないが、どっちにしろ大層なメンタルを持っているものだ。
ガラクは観念したように背中をベンチに倒した。それと同時にメイはガラクの腰に座り、馬乗り状態になる。
ガラクは長い溜息を吐き、じっとメイの顔を見る。
「おまえの気が済むのならば、好きにすればいい」
私は反射的に「え?」と言っていた。
屋上の異様な光景を目撃し、今メイのまとう空気からもわかる。彼は本気だ。それはガラクもわかっていることのはずなのに。
メイもその反応は予想していなかったのか、少し面食らった顔になるが、すぐに表情を戻す。
「ガラク知ってるでしょ?ボクは容赦しないって。そんなこと言って怯むとでも思ってるの?」
「思ってない。それに同情を誘っているわけでもない。だがこんな状態で逃げられる気もしないし、ここにいるオレは死んでるようなものだからな」
諦めは早い方なんだ、とガラクは自嘲気味に言った。一見騙されそうになるが、本心であるはずがない。
その言葉を聞いたメイの表情は歪んだ。
「もう、知らないから――――――」
そう言って、腕を高く振り上げる。
「だ、ダメ――――!」無意識に叫んでいた。
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