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「知らないっ!」
「じゃあ、調べよう」
「は? ん、んっ!」
月島さんが顔を傾け、私の唇にキスをした。
そのせいで私の体は硬くなる。ここ一、二年恋人もいなかったから、キスなんて久しぶりすぎて……。
ここが会社の書庫で、こんなところを誰かに見られては困るという緊張感もあり、正直どうしていいのかわからない。
呆然としている間に何度も舐られていた私の唇からついに力が抜けてしまい、緩んだ隙間に月島さんの舌が侵入してきた。
彼の手が私の耳の上を這い、髪を搔き上げる。
「舌、出して」
ボソッと囁かれた声が小説の中の拓人のセリフと重なったせいで、私はあろうことか舌を差し出してしまった。
その舌に、月島さんの舌が絡まる。
確かに、拓人と由奈みたい——。
想像してはキュンとしていた光景を、まさか体験しようとは。
月島さんが拓人に、私が由奈になったような錯覚に支配され、抵抗するのも忘れて舌を絡ませ合ってしまった。
だが——。
不意に現実に戻った意識が、次々と私の脳内に事実を突きつけてくる。
この人は拓人じゃないし、私は由奈じゃない。ここは入社以来、六年も務めている会社の書庫で、今は昼休みで——。
「ん! ん!」
塞がれた唇の奥から慌てて声を発し、ぎゅっと囲まれていた腕にも力を入れると、意外とあっさり、彼は私を解放してくれた。
けれど月島さんのつり目に射抜かれて、怖いのに目を逸らすことができない。そのせいで心拍数も高くなっている。
「小説と比べて、どうだった?」
そんなことを聞かれても、わかるわけがない。こっちはそれどころじゃない、という心情を察してはくれないのか。
「……わかりません!」
「じゃあ、また調べるしかないな」
ポン、と頭の上に手を置かれたが、その手はすぐに離れ、月島さんも去って行った。
月島さんの手に触れられた頭を、今度は自分の手で押さえる。
(これじゃ……拓人と由奈みたいじゃない……)
毎日のように読んでいた小説の内容が現実となって自分の身に降りかかり、私はただ呆然とした。
ガクンと膝の力が抜け、棚の間で蹲る。
(月島さんて、あんなことする人だったの? てゆうか、いつからいた? 全然気づかなかったよ、もう……)
それに、なんでだろう。
怖いと思っていただけの月島さんにされたキスが、嫌じゃなかった。
薄い唇は触れると意外と熱くて、絡まる舌は柔らかく、けれど逃がしてくれない僅かな強引さが心地よかった。
(いやいや! 私と月島さんは恋人でもなんでもないんだから、キスなんて、ダメでしょ)
脳内で一人会議をしていると、スマホのアラームが昼休みの終了三分前を知らせた。
「え、もう!?」
慌てて立ち上がった私は、書庫から駆け出しトイレの鏡の前で口紅を塗り直すと、大急ぎでデスクに戻った。
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