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6
静かに捻ったドアノブは音も立てず、代わりにドアの軋む音が無音の書庫に響く。パチンと書庫内の明かりをつけたが、ここにいることを秘密にしなければならないような気がして、入口付近の明かりだけに止めた。
殆どフラットなヒールのバレエシューズは歩いても女を意識させるような音も立てず、小さな鈍い靴音がするだけであるのが、薄暗い中にあって不気味に感じる。
彼がどこにいるのかわからず適当に歩いていると、不意に私を呼ぶ声が聞こえた。
「こっち」
(どっちよ……)
辺りを見回しながら進んで行くと、漸く見つけた人影に声をかける。
「月島さん?」
「他に誰がいる?」
薄暗い中を一人歩いてきた女子に対して言う言葉がそれか。
私は対面するなり、異議を申し立てた。
「こういうの、やめてください。それから、昼間のことはなかったことにしますから、月島さんも忘れてください。じゃあ、これで失っ」
最後まで言い終わらないうちにグッと引き寄せられた私の体は、月島さんの腕にすっぽりと包まれている。急に引っ張られたせいで、手に持っていたバッグは放り出されてしまった。
「ちょっと、月島さんっ」
「後藤と、仲良いの?」
「は? ……」
「拓人に腰を引き寄せられ、由奈は戸惑った。いくら人がいないと言ってもここは会社の中で、誰かが来るかもしれないのに」
私の耳に唇を寄せて囁く月島さんが、昼休みに読んでいた綾瀬リカさんの小説を朗読する。
一瞬しか見ていなかっただろうに、なぜこんなにもすらすらと文章が紡ぎ出されるのか、ふと不思議に思った。
耳に吹き込まれる声がくすぐったくて身を捩る私に、月島さんは言う。
「由奈と同じこと、してみよう?」
「そんなっ、んっ! んんっ……」
私の唇は、またもや月島さんに塞がれてしまった。もっとも、由奈と同じこと、と言われた時点でキスすることはわかっていたのだが。
抵抗するのも無駄に思えて受け入れた、というのは私の言い訳なのかもしれない。それに気づいたのはたった今で、とにかく月島さんとのキスが気持ちよすぎる、と感じている私が確かにいる。
月島さんの手が、私の頬を包み込んでいる。その手がこんなに大きいのだということにも、今初めて気がついた。
私がぼうっと受け入れているうちに、月島さんはどんどん積極的に舌を絡ませてくる。
付き合ってもいない会社の人と、こんなこと。しかもこんな場所で——。
頭ではわかっているのに、私の体は抵抗しようとしない。背徳感が情欲を煽るのか、そもそも理性なんて持ってはいないのか。
それがどうしてなのか、私にはまだわからなかった。ただ気持ちが良くて流されているダメな人間なんだ、とその程度にしか。
「ん、んあっ……はぁ、はぁ……」
不意に止んだ激しいキスは、私の呼吸を荒げた。もう腰が砕けそうで、月島さんの腕に支えられていなければ、立っていることも叶わないほどで。
そんな私を見下ろして、彼は言うのだ。
「拓人と由奈は、あの後どうしたと思う?」
「え……?」
(隠れてキスしたんじゃ、なかったっけ……?)
どうしてそんなことを聞くんだろう。あの話はまだ更新されていなかったはず。ここに来る前にチラリと見てきたのだから、間違いないと思うのだが。
私は月島さんを、見上げた。
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