第百六十二話 野営訓練(七)

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第百六十二話 野営訓練(七)

 入浴を済ませたエルザとナディアは、二人並んで楽しそうに話しながら、浴場から他のメンバーのところへ戻って来る。  エルザが焚火を囲むトゥルムとドミトリーに告げる。 「それじゃ、私達も寝るわね」  ナディアはトゥルムとドミトリーに手を振る。 「おやすみ~」  エルザとナディアは、二人のテントへと向かって行った。  二人を見送ったトゥルムが口を開く。 「最後は私達か・・・」  ドミトリーが答える。 「そのようだな」  二人は、浴場へと向かう。  二人は裸になって浴場に入ると、トゥルムは浴槽のお湯で身体を洗い流して椅子に座る。 「私は、これで良い。皮膚から海水だけ洗い流せば大丈夫だ」  ドミトリーが驚く。 「蜥蜴人(リザードマン)は、随分と便利にできているんだな」  次にドミトリーがお湯で身体を流して、木の樽の浴槽に浸かる。  ドミトリーが口を開く。 「ドワーフである拙僧には、この樽は、ちと深いな・・・」  トゥルムが湯沸かし器からお湯を汲んで来て、ドミトリーが浸かっている木の樽の浴槽にお湯を足していく。 「かたじけない」 「構わない」  浴槽に浸かりながら、ドミトリーがトゥルムに話し掛ける。 「トゥルム。付き合わせたようで済まない。拙僧は修行中の身であるゆえ、裸の御婦人と入浴を共にする訳にはいかんのだ」 「気にすることは無い。・・・それに、私は、あの二人は苦手だ」   トゥルムの言う『あの二人』とは、エルザとナディアの事であった。  ドミトリーもトゥルムに追従する。 「うむ。拙僧も、あの二人は苦手だ。・・・あの二人は『煩悩に捕らわれている』というより、『煩悩の塊』のような女達だ」  ドミトリーの話を聞いたトゥルムは、乾いた笑い声をあげる。 「はははは。『煩悩の塊』か。上手い事を言う」  ドミトリーは真顔になると、トゥルムに尋ねる。 「・・・トゥルム。一度、聞いてみたかったのだが、隊長とルイーゼをどう思う?」  トゥルムが聞き返す。 「『どう思う』とは?」  ドミトリーが続ける。 「アルは、革命戦役の英雄である『黒い剣士』ことジカイラ中佐の子息。ナタリーも革命戦役の英雄である『爆炎の大魔導師』ことハリッシュ導師の息女だ。・・・帝国軍の高官の息子と帝国政府高官の息女。この二人の育ちが良いのは判る」 「ふむ」 「隊長とルイーゼ。・・・あの二人は、いきなり中堅職になり、黒パンの食べ方を知らなかっただけでなく、食事の時には優雅にナイフとフォークを使っていた。・・・あの食べ方は、貴族の食事作法だ。平民ならスプーンだけで食べただろう。・・・それに、隊長は、帝国プラチナ貨を持ち歩いているだけでなく、『騎士典礼』も身に付けている」 「ふむ」 「拙僧が思うに、恐らくあの二人は平民ではない」 「二人が平民ではないなら、貴族だと言うのか?」 「たぶん。・・・それも下級貴族ではなく、かなりの上級貴族だ。下級貴族では、帝国プラチナ貨など小遣いで持ち歩けない。それに『騎士典礼』は、主に宮廷で必要とされる儀礼だ」  ドミトリーの推理に、トゥルムは首をかしげる。 「私は、人間の社会には詳しくないが、その『かなりの上級貴族』の二人が、何故、平民組に居るのだ?」 「判らない。・・・きっと、何か、身分を伏せなければならない理由があるのだろう」 「そう言えば、あの二人は恋人同士だったな。・・・『駆け落ち』か?」 「人間の社会ならば、あり得る話だ」 「ならば、無粋な詮索などせず、黙って匿ってやるのが人情というものだろう」 「確かに。・・・拙僧も、あの二人が語らない以上、二人の素性に付いて無粋な詮索をするつもりはない。・・・ただ、『トゥルムも二人の素性に付いて気付いているのでは?』と思って尋ねてみただけだ」  「ふ~む。私は、二人の素性や身分など考えた事も無かったな」 「そうか」 「・・・まぁ、私は、あの二人が貴族だろうと、平民だろうと、どちらでも良い。隊長は隊長だ。上級騎士(パラディン)を目指す真面目な努力家で、好感が持てる」 「そうだな。隊長は、煩悩に捕らわれ過ぎだが、真面目な努力家で、拙僧も好感が持てる」  ひと呼吸おいて、ドミトリーが口を開く。 「トゥルム。この話は、他言無用だぞ」 「うむ」  身に付けた教養や教育は、無意識にその人の『人となり』を醸し出す。  武辺一辺倒の槍術士トゥルムと修行僧(モンク)のドミトリーは、アレクとルイーゼの素性について、薄々、感付いていた。
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