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第ニ話 幼馴染の目付役
--数日後、新学期。
士官学校の制服を着たアレクは、皇宮警護軍団の兵士達によって、着替えと身の回りの小物が入った鞄二つを渡されると馬車に乗せられ、帝都都心部近くに位置するハーヴェルベルク駅に連れてこられる。
この駅の一番端となる15番ホームは「軍事用」として他のホームより格段に長く作られており、滅多に使用されることはなかったが、機関車に数多くの軽便鉄道車両が連結され「軍用列車」となってホームに横付けされていた。
皇宮警護軍団を率いる団長のミランダが軍用列車に乗るアレクを見送るため、馬車に同乗し、駅のホームまで同行してきた。
ミランダは、帝国北西部にある辺境都市の孤児院に居たところをナナイに見出され、帝都で高い水準の教育と訓練を受け、皇宮警護軍団の一員に選抜されて、現在は団長となっていた。
アレクは、以前、侍従達がミランダの過去の話をしているのを小耳に挟んだ。彼女はナナイに出会って帝都に来る以前は、地方都市で盗賊団を率いて暴れまわっていたというが、アレクはとても信じることができなかった。
アレクから見てミランダは、自分の母親であるナナイより少し若い年上女性で、皇妃ナナイに絶対の忠誠と服従を誓う、冗談も融通も利かない生真面目な堅物女であり、アレクはミランダが苦手であった。
皇宮警護軍団の制服では流石に目立って人目を引くので、ミランダは私服と思われる白スーツを着ていた。駅のホームでは、それでも十分、目立っていた。
軍用列車の前で、ミランダがアレクに話し掛ける。
「殿下。あまり皇妃様の御心を煩わせなきよう。御身体に障ります」
ミランダの言葉にアレクは俯く。
「・・・判ってるよ」
俯くアレクにミランダが微笑み掛ける。
「無事、御努めを果たされ、殿下が皇宮に戻られる日を心待ちにしております」
初めてミランダが微笑みを見せた事にアレクは驚く。
(・・・この人、笑うことができたんだ)
アレクがミランダに答える。
「ああ。行ってくるよ。母上によろしく伝えてくれ」
「畏まりました」
一礼するミランダを後にアレクは軍用列車に乗り込んだ。
ホームの喧騒の中、駅員が声を張り上げる。
「軍用列車、まもなく発車します!!」
軍用列車は機関車を先頭に、前の方は貴族用車両となっており、アレクが乗る平民用車両は後ろの方に連結されていた。
軍用列車の客車は一両に二部屋あり、一部屋はニ人掛けの席が向かい合って配置されていた。
アレクは、軍用列車の最後尾の客車の一室の席に座り、客車の窓から駅のホームを眺めると、ホームに立ってアレクの見送りを続けていたミランダと目が合う。
アレクが手を振ると、ミランダも手を振って返す。
乾いた汽笛の音がした後、軍用列車はゆっくりと動き出した。
軍用列車は次第に加速していき、駅のホームも見送りのミランダの姿も小さくなっていく。
やがて駅のホームもミランダの姿も見えなくなった。
アレクを見送ったミランダは、駅のホームからハーヴェルベルク駅の貴賓用馬車停留所へ歩いていく。
停留所には、一際、豪華な馬車が止まっており、ミランダはその馬車に乗り込む。
豪華な馬車には皇妃のナナイが乗っていた。
ナナイが尋ねる。
「どうだった?」
ミランダが答える。
「アレク殿下は無事、軍用列車に乗り込まれました。『母上によろしく』と」
「・・・そう」
ミランダの言葉を聞いたナナイは、『手の掛かる息子』が自分の元から旅立ち、どこか寂しげであった。
ミランダ自身、先の革命戦役で両親を失った戦災孤児であり、アレクを見送るときにミランダが無意識にアレクに微笑み掛けたのも、初めて親元を離れるアレクの『一人になる寂しさ』を痛いほど理解しており、自分自身、身に染みて知っていたからであった。
ミランダが口を開く。
「皇妃様。大丈夫ですよ。アレク殿下は、立派に御努めを果たされ、皇宮に戻って来られると思います」
二人が乗る馬車は、ゆっくりと皇宮へ戻る道を進み始める。
ナナイが呟く。
「だと、良いけど・・・」
アレクは、荷物を網棚に上げると、車窓に映る自分の顔を眺めつつ考え事をする。
兄のジークに殴られて切れた唇に右手の親指で触れる。
(兄上の拳は、見えた。二度と同じ手は食わない。次は躱せる)
父のラインハルトに殴られた頬に右手の人差し指で触れると、痛みが走る。
「痛ッ!」
ラインハルトに殴られた頬は、青紫に変色して腫れ上がっており、拳の形にミミズ腫れが出来ていた。
(父上の拳は、全く見えなかった。・・・全く勝てる気がしない)
(まぁ、士官学校に行けば、事あるごとに兄上と比較されることも無くなるか)
アレクが色々と考え事をしていると、ノックする音の後に客室の扉が開けられ、アレクの向かいに士官学校の制服を着た女の子が座る。
「アレク様。お久しぶりです」
女の子は、アレクに可愛らしい笑顔で挨拶する。
自分の名前を呼ばれ驚いたアレクは、相席してきた亜麻色髪の女の子の美しい顔を眺める。
「・・・お前は!?」
彼女は、ルイーゼ・エスターライヒ。騎士爵家の娘でアレクと同い年の皇宮のメイドであった。
ルイーゼは、貴族とは名ばかりの貧しい実家の口減らしのため、幼少の頃から皇宮にメイドとして奉公に出されており、アレクの幼馴染の遊び相手であった。皇妃のナナイは二人とも可愛がった。
驚くアレクにルイーゼが口を開く。
「この度、皇妃様からアレク様の『お目付け役』を仰せつかっております。よろしくお願い致します」
そう言うと、ルイーゼはアレクに一礼する。
アレクは、ルイーゼに答える。
「母上がお前を差し向けてきたのか。帝国貴族なのに私と同じ平民組に入れられるとは、気の毒に」
「アレク様。私の実家は『騎士爵家』です。帝国貴族といっても準貴族で、暮らし振りは平民とさほど変わりませんので、お気になさらず」
「・・・それと、私の事は『アレク』と呼べ。私はメイドに悪戯した罰で、父上からバレンシュテット姓を名乗ることを禁じられている。私は、処罰を解かれるまで、平民の『アレキサンダー・ヘーゲル』だ」
「畏まりました」
ルイーゼは、少し躊躇いながらアレクに尋ねる。
「・・・では、アレク。『メイドに悪戯した』と伺いましたが、何をされたのですか?」
アレクは、ルイーゼ以外のメイドには、スカートを捲る、服や下着を脱がせる、胸やお尻、秘所を触るなど様々な悪戯をしたが、幼馴染のルイーゼに悪戯したことはなかった。
久しぶりに再会した幼馴染のルイーゼを『異性』として認識したアレクは、ルイーゼに悪戯の内容を尋ねられ、気恥ずかしさから口籠って答え、目が泳ぎ始める。
「いや・・・、ほら・・・、その・・・。メイドを裸にして、股と彼処を広げて、触っただけ」
「そんな事を!?」
アレクの答えを聞いたルイーゼは驚くと、恥じらいから頬を赤らめる。
「まぁ・・・、ちょっと・・・、女の体に興味があったから」
ルイーゼは、頬を赤らめたまま上目遣いにアレクを見る。
「・・・アレク。・・・いやらしい」
ルイーゼにそう言われ、アレクは、ますます恥ずかしくなる。
ルイーゼは、恥ずかしそうにモジモジしながら呟く。
「その・・・、女の体に興味がお有りでしたら、私に言って頂ければ・・・お見せします」
「は?」
ルイーゼの言葉を聞いたアレクが固まる。
ルイーゼは、固まったアレクの隣に席を移して座ると、アレクの左腕を組むように取り、両手で左手を握ると、自分の太腿の上に置く。
「・・・それとも、・・・寂しいのですか?」
ルイーゼの言葉にアレクは答えに詰まる。
図星であった。
アレクは車窓の外に目線を移し、流れていく外の景色を眺める。
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