第三話 黒い剣士の息子と爆炎の大魔導師の娘

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第三話 黒い剣士の息子と爆炎の大魔導師の娘

 アレクは、ルイーゼからの問いにどう答えたら良いか、景色を眺めながら考えていた。  ルイーゼの言う通り、アレクは、寂しいことは、寂しかった。  両親の夫婦仲が良いのは喜ばしい事だが、毎年のように弟や妹達が産まれ、母のナナイは幼い弟や妹に掛かりきりであった。  兄のジークフリートは、英雄である皇帝と皇妃夫妻の長男として、将来、帝国を背負う皇太子として、両親と周囲の期待を一身に受け、見事にその期待に応えていた。  士官学校で首席、帝国最年少の上級騎士。  アレクから見て、常に比べられる兄のジークフリートは、憎らしくもあったが、誇らしくもあった。  その兄は、未だに一人立ちしないで母に甘えるアレクに突き放すように冷たかった。  アレクは、誰かに傍に居て欲しかった。誰かに自分の存在を肯定して欲しかったし、誰かに自分を男として認めて貰いたかった。  自分に逆らえない皇宮のメイド達に対し、性的な悪戯をする事で、性欲と同時に征服欲や支配欲、承認欲を満たしていた。  アレクは、幼馴染のルイーゼに『寂しいのですか?』と言い当てられたことで、答えられないだけでなく、自分自身が惨めで情けなく思えてきた。  アレクがルイーゼからの問いに答えられずにいると、再びノックする音の後に客室の扉が開けられ、アレクと同じ位の年齢の男女が入って来た。  男が口を開く。 「アレキサンダー・ヘーゲルってのは、お前か?」  アレクが答える。 「そうだ」  黒目黒髪で体躯の良いその男は、アレクの答えを聞いて喜ぶ。 「やっと見つけた。軍用列車中、探したぞ」 「ところで、誰だ? お前は??」  アレクから尋ねられた男は、仰々しく決めポーズを取ると、名乗りを上げる。 「我こそは、『黒い剣士』こと帝国無宿人ジカイラが一子、アルフォンス・オブストラクト・ジカイラ・ジュニア!! 『アル』と呼んでくれ! よろしくな!!」  アルの名乗りに呆気に取られているアレクとルイーゼであったが、アルは名乗りを終えると右手を差し伸べてアレクに握手を求める。唖然としたまま、アレクはアルと握手する。  アルの傍らから女の子が顔を出して、アレクとルイーゼに挨拶する。 「私も探しましたよ。私は、ナタリー・チャウデゥリー。よろしくお願いします」  アレクとルイーゼに一礼するナタリーは、南方出身の褐色の肌の、プラチナブロンドの髪の琥珀色の美しい瞳をした、物静かな印象の女の子であった。  アルとナタリーは、アレクとルイーゼの向かいの席に座る。  アルがアレクとルイーゼに尋ねる。 「・・・ひょっとして、二人は取り込み中だった? すまない。オレ達、邪魔だったか??」  アレクとルイーゼの二人は、隣り合って座り、腕を組んで手を握りあったままであった。 「大丈夫!」 「お構いなく」  アルの言葉にアレクは照れて慌てるが、ルイーゼはアレクと腕を組み続け、握りあった手を離さなかった。  アレクが、アルとナタリーの二人に尋ねる。 「ところで、二人とも『探していた』と言っていたが、私を探していたのか?」  アルが答える。 「そうだ。父ジカイラから『伴をせよ』と言われて探していたんだ」  ナタリーも答える。 「私もです。父母の、ハリッシュとクリシュナから、同じく『伴をせよ』と言われて探していました」  アレクは、アルとナタリーが口にした彼らの両親の名前に聞き覚えがあった。  『黒い剣士』こと帝国無宿人ジカイラ。  アレクの父である皇帝ラインハルトの相棒で、悪名高い秘密警察本部に一人で斬り込んで叩き潰し、麻薬組織相手に百人斬りを決めて壊滅させた。  港湾自治都市群に侵攻してきたカスパニア王国軍十万を相手に一騎で立ち向かい、一騎打ちで敵の大将を倒してカスパニア王国軍を敗走させた。帝国の英雄であり、伝説の剣士であった。  『爆炎の大魔導師』ハリッシュ。  アレクの父である皇帝ラインハルトと同じ小隊の参謀で、革命党が帝都に落下させるために飛行させた要塞『死の山(ディアトロフ)』を禁呪『隕石落とし(メテオ・ストライク)』を用いて破壊した。帝都を守った帝国の英雄であり、現在の帝国魔法科学省長官であった。  アルとナタリーの言葉にアレクが答える。 「そうか。私の事は「アレク」と呼んでくれ。隣りにいる彼女は、ルイーゼ。私の幼馴染だ。二人ともよろしくな」 「よろしく」 「よろしく」 「よろしく」  四人は互いに挨拶し、それぞれ身の上話などを始める。  しかし、アレクが『第ニ皇子』だという事を知っているのはルイーゼだけであり、アレク自身もその事は誰にも話さなかった。  アルがおもむろに口を開く。 「なぁ。皆、腹減ってないか? 食堂車に何か食べに行こうぜ」  アレクが賛同する。 「いいね。皆で食べに行こう」  ルイーゼが口を開く。 「私は、あまりお腹空いていないな」  ナタリーが口を開く。 「それじゃ、お茶でもどう?」 「それなら」  四人は、軍用列車の中央部に連結されている食堂車に向かい、中に入る。  食堂車はレトロな調度品が並ぶ豪華な作りになっており、さながら展望の良い高級レストランの雰囲気であった。  皇宮育ちのアレクは慣れていた様子だったが、ルイーゼやアル、ナタリーは雰囲気に緊張していた。  四人は席に着いて、食物と飲物を頼む。  アルが不安を口にする。 「注文したは良いが、なんか・・・高そうだな」  ナタリーも同じ様子であった。 「そ、そうね」  二人の心配を他所に注文した品々がテーブルに届く。  アルがご機嫌で皆に話し掛ける。 「四人の出会った記念に。乾杯しようぜ!!」  アレクも笑顔で答える。 「良いね!」 「やろう!」 「やろう!」 「「かんぱ~い!!」   アルの音頭で乾杯すると、四人は会話しながら飲食を始める。  楽しい時間はあっという間に過ぎ、会計する事になった。  アレクが口を開く。 「私が払うよ」  そう言って、アレクは財布から帝国プラチナ貨を一枚取り出すと、ボーイに渡す。  プラチナ貨を渡されたボーイは、申し訳無さそうにアレクに話す。 「申し訳ありません。これでは、当方のお釣りが足りませんので、銅貨か銀貨の方でお願いしたいのですが・・・」  ボーイの様子を不審に思ったアルが、ボーイの掌の上を覗き込み、アレクが渡した帝国プラチナ貨を見つけて驚く。  アルがアレクに話し掛ける。 「お、お前、プラチナ貨なんて、持ってんの!? 金持ちなんだな!!」 (※帝国プラチナ貨:およそ百万円相当) 「そうなのか?」  アレクは、アルの言葉を気に留める様子も無く財布から銀貨を取り出すと、ボーイに渡して会計を済ませる。  四人は、軍用列車の自分達が居た客車に戻る。 
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