Ladybug

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 私たちはある男を探している。名前は、ブライアン。茶色の髪に、髪と同じ色のアーモンド・アイ。首の左に太陽のタトゥーを入れているのが特徴だ。名前と、ビジュアル。私たちは、ターゲットの情報をそれだけしか知らない。あまり知りすぎていない方が、自然に振る舞えるのだそうだ。クラブで接触するという都合上、それはそうかもしれないが、でもやはり「お前らに教えてやる必要はない」という上の意思を感じる。 「シーナ、また考えごと?」  相棒のレイチェル、もといライラが顔を覗き込んでくる。今回の仕事の間はレイチェル。本当はライラ。豊かな黄金の髪と、カフェオレ色の瞳を持つ子だ。ライラを眺めていると、私はいつも惚れ惚れとしてため息をついてしまう。意志の強さを表すかのように吊り上がった目尻や、目の枠からこぼれ落ちそうなほど大きな瞳はずっと見ていられる。笑うと両頬にえくぼができるのがチャームポイントだと自慢げだ。  私も本当はシーナなんて名前じゃない。普段はテンと呼ばれている。それも愛称だけれど、私はけっこう気に入っていた。私はライラのような魅力的な見た目はしていない。癖のない黒髪や、切れ長の目をクールビューティーだとライラは褒めてくれるけれど、所詮は特徴に乏しい顔立ちだ。仕事に応じてきついメイクをすると、それなりに見られるようになると自負しているが、それはつまりメイクが映える顔ということで。ノーメイクで、体型の隠れる格好をしていると男と間違えられることもしばしばだった。 「今回の仕事、ちょっと変わってるよね」  男性に親しげに近づいて、情報なり物なりを盗ってこい、という指示はよくある。享楽的な場所に行くのも初めてじゃない。けれど、ただ「ターゲットと仲良くなれ」というのは初めてだ。  とりあえず今夜は、近頃よく現れるというクラブへ赴くことになっている。 「仲良く、ってどこまで仲良くなればいいんだろうね? 恋人になれってこと?」 「でもそれだったら、二人で近づくのはおかしくない?」 「お好きな方をお選びください、ってことじゃないの」 「悪趣味」  私がそう言うと、ライラは大口を開けて笑いながら器用に赤リップを塗った。 「“出世”のためだよ」  ライラはいつもそう言う。彼女にとって、組織の中で昇進するのはとても大事なことみたいだ。私たちのような、構成員と呼んでいいのかも迷うような末端が取り立てられる日がくるなんて思えないけど。ライラが熱を上げているから、私も付き合ってもいいかな、という気になる。 「さあ、行こうか」  ライラに促され、私は地下の扉を押し開けた。
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