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「ああ、覚えてる」
「そうか、覚えていたか。そして落ちているお前を、僕が拾ってやったんだ。それも覚えているか?」
少年は重ねて質問をしてくる。
……拾われた記憶はないが、声は聞いた。たしかにこの声に、『落とし物』だと言われたのだ。
「拾われた記憶はないが、『落とし物だ』という声は聞いた」
「うむ、そうか」
にっこりと満足げに微笑むと少年は俺の胸をついと指で突いた。どう反応していいのかわからず、俺は困惑してしまう。
「人の世では、落とし物を拾えば一割もらえるのだろう?」
「あ、ああ。そうだな」
にいっと少年の赤の唇が笑みの形に歪む。それを見て……俺は嫌な予感を覚えた。
「十割なのだ、あやかしの世では」
「……は?」
「聞こえんかったか? あやかしの世では拾ったものを十割もらえるのだ。つまりお前は、僕のものだ」
「はぁ!?」
思わず声を荒げてしまったのは、悪くないと思う。
つまり俺は……化け物たちに拉致され、捕らえられたということか!?
少年は俺の内心を見透かすように、金色の瞳を細めてこちらを見つめる。
「……十時出社、帰りは十八時だ。給金は人間の紙幣で月に手取りで三十万」
「……ん?」
「こちらの世のものだが、保険などの保障も付けるぞ。ちなみに週休二日だ」
「……んん?」
なにか、俺に都合のいい言葉が聞こえたような気がするのだが。
「仕事はこの宿の……下働きだ」
「……宿」
「うむ」
一匹の猫がぱん! と外へと繋がっているらしい障子を開ける。そこには広大な日本庭園が広がっていた。その庭園をろくろ首や天狗などの人外の者たちが、悠々と歩いているのが見える。彼らはこの『宿』の客なのだろうか。
「……ボーナスは?」
「夏と冬。給与の二倍だ。あやかしは……拾ったものには手厚いのだ」
少年はそう言って、美しい顔に甘やかな笑みを浮かべた。
――すっかり落ちてしまった俺は、悪くないと思う。
後日。退職代行を通じて、会社に俺の辞表が届けられた。
こうして俺は俺を拾った猫又の少年『椿』が経営する、猫のお宿の一員となったのだ。
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