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「えーと……」  もしかして、と前置きして口にする言葉のなかでも、こんなにあほらしい言葉はないと思うけど。 「もしかして、幽霊とかだったり……する?」 「うん、そうみたい」 「なんだその当事者意識のない受けごたえは」 「だって気がついたらこんなだったんだよね。おれ、死んだの?」 「俺が訊いてんだよ!」  きつめに突っ込むと「わ、」と驚いた拍子に奴の体がちょっと浮く。弱すぎ。圧に。 「あ、名前はね、春人。それはなんか覚えてるな」  あとはなんにも思い出せない、と春人は言った。 「……幽霊って、強い心残りのある人間がなるもんなんじゃないの?」  だとしたら、それについては覚えているはずだろう。 「見たとこ歳近いみたいだし、この学校やこの教室に思い残すことがあるとか」  俺が言うと、春人は突然「あっ」と声を上げた。視線は俺の手にしたプリンに注がれている。 「それ、食べてみたかったやつ! それはなんか覚えてる。もしかしたらおれの心残りって、それかも?」 「やっすい人生だな!?」  しかもこれ「ヘルシー! 昆布プリン」って書いてあるぞ。バイト終わりに寝不足の頭で受け取ったから、俺も今気がついたとこだけど。しみったれの店長が惜しげもなくくれると思ったら。 「こんなもので成仏できるならやるけど……いや待て、食うってどうするんだよ」  風圧でふよふよしてしまうような体では、スプーンすら手にすることはできないだろう。 「待って、ちょっとやってみる」  なにを? と訊ねる前に春人の姿はふっと消え――次の瞬間、俺はぞくぞくっと震え上がった。  胃の底を直接鷲掴みにされるような不快感に襲われたからだ。  体の中から声が響く。 『拓磨に憑依して食べたら、おれも食べたことになるかなって』 「そういうことはひと声かけてからにしろよ……!」  混乱する俺に、春人は悪びれない。 「そっかごめん。――入らせてくれてありがとう。拓磨の中、あったかいね」 「なんか誤解を招きそうな言い方ヤメロ……!!」  ともかく、こうなればさっさとプリンを喰って出ていってもらうに限る。  昆布プリンのフィルムを剥がすと、それはプリンというよりは腐敗という色をしていた。  だが昆布といえば、旨味成分の塊なはず。競争激しいコンビニの店頭に一度は並んだのだから、人気がないだけで味はきっと―― 「まっず!!!!」  まずい。  厳選された奥久慈卵の濃厚な味わいと、昆布の持つ生臭さが完全に喧嘩している。荒川の土手で激しく殴り合い、そのあと友だちになってない。  体の中で、春人の笑い声が響く。 『あはは。美味しくないー』 「おっまえなあ――」 『でも、一緒にわいわい言いながら食べるの、やっぱり楽しいね』  春人の口ぶりに、なにか違和感を覚えた。  それは、ごくごく小さなひっかかり。  正体を見極められずにいるうちに『あ、』という呟きが聞こえ、ふっと体からなにかが抜けていった。  超高層ビルのエレベーターに乗せられたときのような感覚に、思わず膝をつく。  呻きながら顔を上げたとき、そこに春人の姿はなかった。  残されたのはただ、夜の気配だけだ。いつのまにか日は沈み、窓の外はすっかり暗くなっていた。 「おーい……?」  ぐるりと部屋を見渡して、声をかけてみる。返事はない。  本当にあんな謎プリンが心残りだったのか? 「あいつ……あほだな……?」  ともあれ、これで明日からまたゆっくり作業できる。俺は胸をなで下ろした。
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