21人が本棚に入れています
本棚に追加
「えーと……」
もしかして、と前置きして口にする言葉のなかでも、こんなにあほらしい言葉はないと思うけど。
「もしかして、幽霊とかだったり……する?」
「うん、そうみたい」
「なんだその当事者意識のない受けごたえは」
「だって気がついたらこんなだったんだよね。おれ、死んだの?」
「俺が訊いてんだよ!」
きつめに突っ込むと「わ、」と驚いた拍子に奴の体がちょっと浮く。弱すぎ。圧に。
「あ、名前はね、春人。それはなんか覚えてるな」
あとはなんにも思い出せない、と春人は言った。
「……幽霊って、強い心残りのある人間がなるもんなんじゃないの?」
だとしたら、それについては覚えているはずだろう。
「見たとこ歳近いみたいだし、この学校やこの教室に思い残すことがあるとか」
俺が言うと、春人は突然「あっ」と声を上げた。視線は俺の手にしたプリンに注がれている。
「それ、食べてみたかったやつ! それはなんか覚えてる。もしかしたらおれの心残りって、それかも?」
「やっすい人生だな!?」
しかもこれ「ヘルシー! 昆布プリン」って書いてあるぞ。バイト終わりに寝不足の頭で受け取ったから、俺も今気がついたとこだけど。しみったれの店長が惜しげもなくくれると思ったら。
「こんなもので成仏できるならやるけど……いや待て、食うってどうするんだよ」
風圧でふよふよしてしまうような体では、スプーンすら手にすることはできないだろう。
「待って、ちょっとやってみる」
なにを? と訊ねる前に春人の姿はふっと消え――次の瞬間、俺はぞくぞくっと震え上がった。
胃の底を直接鷲掴みにされるような不快感に襲われたからだ。
体の中から声が響く。
『拓磨に憑依して食べたら、おれも食べたことになるかなって』
「そういうことはひと声かけてからにしろよ……!」
混乱する俺に、春人は悪びれない。
「そっかごめん。――入らせてくれてありがとう。拓磨の中、あったかいね」
「なんか誤解を招きそうな言い方ヤメロ……!!」
ともかく、こうなればさっさとプリンを喰って出ていってもらうに限る。
昆布プリンのフィルムを剥がすと、それはプリンというよりは腐敗という色をしていた。
だが昆布といえば、旨味成分の塊なはず。競争激しいコンビニの店頭に一度は並んだのだから、人気がないだけで味はきっと――
「まっず!!!!」
まずい。
厳選された奥久慈卵の濃厚な味わいと、昆布の持つ生臭さが完全に喧嘩している。荒川の土手で激しく殴り合い、そのあと友だちになってない。
体の中で、春人の笑い声が響く。
『あはは。美味しくないー』
「おっまえなあ――」
『でも、一緒にわいわい言いながら食べるの、やっぱり楽しいね』
春人の口ぶりに、なにか違和感を覚えた。
それは、ごくごく小さなひっかかり。
正体を見極められずにいるうちに『あ、』という呟きが聞こえ、ふっと体からなにかが抜けていった。
超高層ビルのエレベーターに乗せられたときのような感覚に、思わず膝をつく。
呻きながら顔を上げたとき、そこに春人の姿はなかった。
残されたのはただ、夜の気配だけだ。いつのまにか日は沈み、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「おーい……?」
ぐるりと部屋を見渡して、声をかけてみる。返事はない。
本当にあんな謎プリンが心残りだったのか?
「あいつ……あほだな……?」
ともあれ、これで明日からまたゆっくり作業できる。俺は胸をなで下ろした。
最初のコメントを投稿しよう!