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立てこもりの男は一瞬怯み、
「う、嘘だ。だって顔が全然」
「変えたの。顔も、名前も全部。あなたは円のお兄さんよね?」
涼介には何がなんだか状況が理解できなかった。でもただ一つ確かなことはあのおとなしい奈保が「栞」として立てこもり犯に対峙しているということ。
自分たちは夫婦ではなかった。そして奈保は奈保ではなく、栞という別人であった。この二つの事実が一気に涼介に押し寄せる。
「お前が円を殺したんだ。そうだろ?」
男は叫ぶ。
「……確かにそうかもしれない」
奈保だった女は静香につぶやくと俯いた。
男は話し始めた。この場所で五年前まで花屋を栞と一緒に営んでいた妹の円を、お店の経営のことで揉めたあと栞が殺したのだと。
「そうかもしれないって、おい奈保……いや、えっと」
栞、と言いかけてそれがもう涼介の知っている女ではないと認識する。
頭の中は混乱で何も考えられなかった。目の前のことが現実に起きたとも思えずただ女の言葉を待つしかなかった。結婚したはずの、この知らない女の言葉を――。
奥永も他の客もみな黙って女を見つめる。
女が口を開いたのは男が刃物を次に高く振り上げた瞬間だった。
「ひどいこと言ったの。円に。だから、わたしが殺したのと一緒」
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