ある金曜のこと

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 奈保は西東京にある小さなハウスメーカーの事務で働いている。社員はとても少なく、奈保は総務の馬場さんという五つ上の女性と仲良くしているらしい。他は社長と営業の男性社員が数名。飲み会なんかはないからいつも六時に仕事を終えるとまっすぐ家に帰ってきて夕食を作り始める。  奈保よりも帰りが早いとなんだか落ち着かないので、涼介はちょっと時間をずらして七時頃には帰るようにしている。彼女はいつも笑顔で怒ったことなんてないから、きっと会社を辞めたことを言っても声をあげたり、責め立てたりはしないかもしれない。それでも涼介が言えないのは、あの穏やかで優しい笑顔が一瞬でも崩れるのを見るのが怖いからだ。  でも今日は言おう。今日こそは――。  金曜の午後七時。駅はこれから飲みに出かける装いの浮足立った人たちであふれている。みんな、スマホを手にして待ち合わせ場所、多分新宿までの二十分を音楽を聴いたりメッセージを送りあったりして楽しく揺られていくのだろう。  今日は一段と冷える。もう一月も中旬だ。涼介は重い足取りで、自宅の最寄り駅まで一駅だけ乗った。
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