要人救出(前編)

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要人救出(前編)

 十日後、ランバートの姿は遠くスノーネルにあった。冬用のコートを着て馬を並べるのは、すっかり組むことの多くなった同期の面々だ。 「それにしても、スノーネルは久しぶりだな」  息を白くしたチェスターがしみじみと言う。確かに用事がなければなかなかここまで来ないだろう。とはいえ、ランバート自身は昨年も来ているのだが。 「俺はそんなに久しぶりって感じでもないんだよね。去年も来たしさ」 「俺もだ。任務が終わったら双子の墓に少し寄ってみようと思っているんだ」  クラウル刺傷事件を起こした双子、ノアとレイは今この地で眠っている。そもそも彼らはこちらの出身で、今は母親と一緒の墓に入っている。彼らは流れ着いた者だからこの地に縁者はなく、無縁仏状態になっている。教会に供養をお願いしてはあるが、手を合わせる者がないのは寂しい事だろう。これを機に一度と思ってきた。 「俺も兄貴の墓参り行ってこようかな。俺に憑いているみたいなんだけど、それとはまた違うしな」 「どういう意味だよハリー! 憑いてるって……」  怖々とした顔でドゥーガルドが何もないハリーの後ろを見ている。大きな体で肝は小さい。でも任務の時は先鋒を務めるくらい度胸があるのだから不思議だ。  ハリーもよせばいいのに面白がってニッと笑い、手綱を握っていない方の手をお化けのように垂れた。 「どうにも俺の後ろにいるらしいんだよねぇ、兄貴の幽霊が」 「んぎゃぁ!」 「こらハリー、からかいのネタにするなよ」  呆れた様子のコンラッドが説教口調で言うのに、ハリーはテヘッと軽く舌を出す。ランバートも苦笑だ。 「怖がらなくていい。以前アルブレヒト陛下に見てもらった時に、守護霊になっていると話してくれたようなんだ。悪いもんじゃないから」 「へ? 守護霊? なーんだ……驚いたぜ」 「肝が小さいぞ、ドゥー」 「うるせ! 苦手なんだよ、そういうの」  僅かに顔を赤くし、腕を組んでそっぽを向くドゥーガルドを皆が笑った。 「相変わらず緊張感がない。これから要人救出作戦で敵地のアジトに攻め込むんだぞ。油断すれば危険だという自覚を持て」 「まぁ、そういうの俺達には無理だと思うぞ、ゼロス」 「確かに、似合わないんだよな。アルブレヒト様奪還の時ですら軽口はあったし。変に緊張するよりも、適度に息抜きが出来ていいんじゃないのか?」  ゼロスは多少呆れ顔だが、レイバンもランバートも既に諦め状態。ある意味これがこのチームらしいのだろう。 「さて、今夜は捕り物だ。その前にしっかり体調整えないとな!」 「おー!!」  ランバートの一声に、ゼロス、コンラッド、チェスター、ハリー、クリフ、レイバン、ドゥーガルドは気合いの一声を返すのだった。  北の果て、スノーネル砦とは何だかんだで関わりが深いものだ。最初はスノーネルでの事件。その後、ノアとレイの事件でも関わりがあった。そして今回も力を貸してもらう事になる。 「ランバート様、お久しぶりですな!」 「テレンス様、その節はお世話になりました」 「世話になったのはこちらの方ですぞ。我等スノーネル所属隊員一同、貴方を始め第二師団の皆様から受けた恩は決して忘れないと心に誓っておりますからな! なにせ貴殿らがいなければ、今頃我等は黒焦げで墓の下です」  豪快に笑う筋肉質な大男に、ランバートは笑う。いつ会っても豪快で気持ちのいい人物だ。  スノーネル砦を今預かっているテレンスは四十くらいの大男だ。身長は一八〇はあるし、体全体も大きい。顔も多少いかつく、ひげ面でもある。相性はグリズリーだというのだから納得してしまった。  スノーネルでハリーの兄が起こした事件の際、テレンスはまだ一部隊を任されるくらいの人物だったが、その事件で砦の責任者が辞職してしまって後を引き継いだ。倉庫に閉じ込められたまま火を放たれ、あわや焼け死ぬ所だったのを助けたランバート達第二師団を未だに敬愛してくれている。 「今回もお世話になります。砦の人員を出していただけて助かりました。何せ大人数を連れてくると行軍だけでも時間が掛かってしまって」 「なんの、お安いごようです! スノーネルの隊員では中央ほどの練度があるか分かりませんが、この辺りの地理にはとにかく明るいのでお遣いください!」  胸を張って豪快に話すテレンスを見る第五師団のドゥーガルドとレイバンは既視感があるのか苦笑する。グリフィスもまたこういうタイプだから。  そのグリフィスは少し元気がない。この件については動きが思うように取れないからだろう。レイバンに聞いた話しでは、ちょっと相手方に顔見知りがいて、厄介な事になる可能性があるからだと説明している。嘘ではないが曖昧で、第五師団も多少戸惑っているとのことだ。 「ランバート、時間も惜しい。今夜にも森狩りをしたい。テレンス様、到着して早々で申し訳ありませんが打ち合わせと相談をさせていただきたい」 「おぉ、そうか! では、軽食を持ってこさせよう。食べながらの会議なんて行儀は悪いが事は急ぐようなのでな!」 「有り難いです」  ゼロスの言葉に気を悪くする様子もなく、テレンスは通りがかりの隊員に軽食を会議室に運ぶように言付け、違う隊員には今夜にでも動けるよう事前に選んでおいた隊員は準備するように伝えて歩いていく。そしてそれにテキパキと、スノーネルの隊員は対応していた。 「指揮系統がしっかりしている。森狩りも問題なさそうだな」 「テレンス様は有能な指揮官なんだよ」 「よして下さいよランバート様。貴方にそんな事を言われると奥歯の辺りがムズムズするんでさぁ」  大股で歩く人が前を向いたまま笑い、会議室のドアを開ける。暖炉に火も入れておいてくれたのだろう室内は暖かく、周辺の地図や必要な調書も揃った状態で置いてあった。  全員が席につくことはせず立ったまま、机の上の地図を覗きこむ。ランバートはシウスから預かってきたアジトの予測図を広げ、詳細な周辺地図へと重ねた。 「クシュナート周辺からこちらへと入り混んだだろうサバルドの残党は、このスノーネルと港の間にある森の中に潜んでいる可能性が高いとのことです。目撃情報は港に多く、買っていく食料の量からも二百から三百程度だろうと予測ができます」 「それなりに多い。それだけの人が隠れられる場所はあるのだろうか?」 「あるとしたら、旧王家が使っていた別荘だろうが……」  チラリと全員がハリーを見る。その視線の意味を、ハリーも正しく認識している。  ハリーはかつてここ、スノーネルにあった王国の、王家の末裔に当る。ここで起った事件もまた、帝国によって理不尽に屠られた王国と王族が起こしたものだった。結果、主犯であったハリーの兄はこの事件によって亡くなり、ハリーも一時は騎士団を去らねばならない危険な状態になっていた。  今回サバルドの残党が潜んでいるのはハリーにとって思いでのある場所なのかもしれない。それは、癒えかけているだろうハリーの傷に触れるのではないか。そんな気がして、ランバートは気がかりだった。  だが、ハリーはニッと笑って森の奥深くを指さす。すれは一見すると何もない場所に思えた。 「港側の谷沿いに行くとあるはずだよ。詳しい道は覚えていないけれど、雪深い中で何度も人が通ってるなら自然と道はできてるはず。探せば見つけられる」 「ハリー」 「そんな心配そうな顔しないでよコンラッド、俺は大丈夫! もう、悩まないんだ。俺は俺だって、胸張って生きて行く事にしたんだからさ」  心配そうなコンラッドにそう言い切ったハリーに、全員がほっとした顔をする。彼もまた強くなったということだ。 「先発隊に探らせましょう。見つからないように……」 「その必要はありません」 「!」  不意にした声に、テレンスは驚いて一瞬で臨戦態勢を取る。が、他の面々は聞き覚えのある声に心強さをもらっただろう。  戸口には隊服にコートのラウルが立っていて、こちらへと近づいてくる。そして地図へと指を走らせた。 「ハリーの言うとおり、港側から更に奥へと伸びる道を確認しました。道は全部で四つ、途中で合流して全部が古い屋敷へと続いています。そこに出入りする人も確認しています。数は二百。人質がいるかどうかは外側からは確認が取れませんでした」 「あっ、えっと……」 「あぁ。申し遅れました。僕は暗府のラウルと申します。秘密裏に周辺の調査と確認をしていました」  ニコッと甘いブラウンの瞳がテレンスを見上げ、笑いかける。その表情は少年のように柔らかく人好きのするものなのだが、その実とてつもない実力を秘めている事は全員が知っている。  だがそれを知らないテレンスは驚いていた。 「こんな幼げな少年が暗府とは! あぁ、とにかく温まったらどうだろうか。外は寒かろう。春が近いとはいえ、まだまだこの辺は冷えるからな。もう少ししたら温かい物も届くだろうから」 「あの、お気になさらず。慣れているので」 「慣れている! 不憫な事だ」  暖炉の側に椅子を用意され、座らされるラウルは苦笑しているが、嬉しい事は嬉しいのだろう。気遣いを受けながらも報告を続けた。 「シウス様が予測している敵のアジトはスノーネルとバロッサ周辺の二箇所。どちらに人質がいるかは分かっていない。だからこそ潜伏していたんだけれど、分からなくてごめん。せめているかどうかが分かれば動きやすかったのに」 「大丈夫だよ、ラウル。元々シウス様もこちらの人数は少ないだろうと予測はしていたし。俺もそのつもりで動きは考えてあるから」  少し申し訳なさそうなラウルに笑い、ランバートは今ラウルが示した道を書き込んだ。 「では、今から部隊を分ける。ハリー、コンラッド班。ゼロス、ドゥーガルド班。チェスター、レイバン班。それぞれ二十ずつ隊員をつけて目的地に進軍。ただし出来るだけ目立たないように警戒をしてほしい。俺も二十つけていく。到着後、屋敷を包囲してから乗り込む」 「僕は先行する」 「ラウル、有り難う。クリフは近くに待機して、怪我人の手当をお願い」 「うん!」 「テレンス様は砦の残ってこちらの守備と捕えた者の受け入れ、怪我人への対応などをお願いします」 「あい分かった! 任されよ!」 「隊員で屋敷を囲った後、中央からの隊員で屋敷に乗り込む。足の速いレイバン、ハリー、チェスター、俺で救出ターゲットの有無を確認していく。ゼロスは敵制圧の指揮を頼む。ドゥーガルド、コンラッドはアシスト頼む。取りこぼしは追わなくても外の隊員で対処してくれる手はずだ。向かってくる奴らだけ制圧して、余裕があればターゲットの話を聞いてくれ」 「分かった」 「今回の作戦はあくまで救出対象の保護が目的だ。それを最優先する」  ここまで一気に伝えて、ふと顔を上げたランバートの目にチラチラと散る大きな雪が見えた。風こそ無いが止む気配もない。ランバートの視線に全員が窓の外を見て、僅かに渋い顔をした。 「降ってきたな」 「温かくして行かないと、森は冷える」 「雪中訓練思い出すな。アレはしんどかった」 「あの時の事もあって、今回俺達はこちらを任されたんだ。結果残さないと」 「あぁ」  短期で終わらせなければ全員が凍えてしまいかねない。決行は夜、更に気温が下がる。 「決行は夜。目標殲滅時間は、二時間」  ランバートの言葉に、全員が覚悟をもった目で頷いた。
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