線香花火

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 運動不足の身体にはわずかな傾斜でも(こた)えるというのに、山の中腹を切り開いたこの土地は厳しすぎた。ただ歩いているだけでも息が切れ、耳の下を勢いよく血液が流れる音がする。  なんだって美佳はこんな辺鄙(へんぴ)なところで僕を待つのか、と坂の中腹でいつもそう思っていたことを思い出した。今日も僕は空に向けて毒づく。そうやって腰に手を当てて立ち止まり、クソ、と言いながら気合を入れなおすのも、木々は覚えているかもしれない。  わざと足元の砂利が激しく鳴るように踏みしめ、鼻息荒く坂を進む。坂のどん詰まりで、急に太陽の匂いが濃くなった。隙間をぎゅっと引き伸ばしても、日の光はするりと抜けて入ってきた。瞼の裏の赤い模様はあやふやな形を奇妙に変えて、ずっと残るのかと思えばどんどん小さくなって、ついには成層圏の向こうまで飛んで行ってしまった。  上空をすじ雲がまっすぐ走っていく。小さな影が、目の前をひゅうと飛んで行った。まだ若い緑の葉っぱだった。大風というわけでもないのに、枝から離れて自由に空を飛んで行った。
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