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河原でひとり、楽曲の練習をしていた彼女の横を通ったときの音楽だった。
放課後、部活終わりの河原を自転車で突っ走っているときに、ひとりで楽器を持ち出して練習している美佳を見つけた。同じクラスだったが地味なおかっぱで、発言するほうではないから忘れていたくらいのやつだった。楽譜らしき紙に何やら書き終えると、もう一度マウスピースを咥えた。
もう真横にまで来て、見えていなかったはずだった。
それは沼だった。
無意識に右手を握ってしまった。脊椎を氷で撫でられたみたいな寒気がしたのに、僕は止まることを選んだ。
大きな音とともに、顔から地面に突っ込んだ。視界がホワイトアウトして、頭の中が音叉が共鳴するみたいに鳴り続けた。
「びっくりした、大丈夫?」
真っ白なフィルターの奥に、微かに手を差し伸べているのが見えた。純情な僕も、その時ばかりは女の子の手を取った。
「ありがとう」
言ったか言っていないのか、覚えてもいないが僕はすぐにその場から逃げ出した。
ふらふらと自転車を押しながらその場を離れてゆく僕を見て、彼女は首をかしげていたのだろう。後から思えばきっとそうだったのだと思う。
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