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雪
3月になって最初の日曜日、和也は優子とデートして別れた後、夕暮れの薄暗い道を歩いていた。途中で粉雪がはらはらと降って来た。
「季節は春だって言うのに雪か。う~さむ」と和也は呟いた瞬間、あの不思議美少女、雪のことが電撃的に脳裏を過った。
「どうしてるかなあ、あの子」そう思うと、和也は無性に気になって来た。彼は病後、雪のことを思い返すことが何度かあったが、今にして思うと、雪女の娘な訳がないと思い直すようになっていたから友達になってやれば良かったと後悔した。だからあの公園にいるならと期待して公園に行ってみた。
電灯があちこちに灯っているとは言え、街中より暗いし、デートするカップルすらいないから人は見当たらない。ライトアップとまではいかないまでも公園の中で一番明るい噴水の近辺はと言うと、いたいた!水盤に寄り掛かっている子が!それは淡い明りに包まれオアシスに独り佇む幻影のようで遠目にも溜った水に両手を突っ込んでいるのが分かったから積雪に両手を突っ込んだ雪を思い出し、雪に違いないと確信した和也は、可哀想にまた独りぼっちでと不憫に思った。
その雪の所へ近づいて来る者が見えたので和也はおやっと思って眺めていると、あっ!あいつ、変態男だと気づいて、どうしようと逡巡し、気を揉んだ。
「あいつは子供なら男でも女でも好いのか?ショタコンではなかったのか?」和也が疑問に思い、猶もどうしようどうしようと眺めていると、変態男が雪に向かってコートの前身頃を開いて広げた。
雪は和也の位置からでは広げたコートに隠れて見えなかったが、振り返って変態男の一物を見たものか、キャハハハ!という甲高い笑い声をあげた。
すると、腹を立てたらしく、変態男が雪に飛び掛かったので和也はこりゃ拙いと思って咄嗟に何個も石ころを拾うや、噴水の方へ駆けて行った。
「こらー!やめるんだ!」と和也が駆けながら叫ぶと、変態男は雪を捕まえながら振り向いた。その隙に雪は変態男の手に噛みついて、「いってえ!」と言って手を放した変態男から逃れて和也の方へ走って来た。
和也は雪を間近で見て驚いた。長かった髪が男の子みたいに短くなり、服も男の子が着るような柄のついたTシャツを着ている上に男の子が履くような半ズボンを履いているからだ。
「お兄ちゃんだ!お兄ちゃんだ!ありがとう!助かっちゃった!」飛び上がってはしゃぐ雪の傍らで和也は変態男を見ると、コートの前見頃の間からぶらぶらと揺れる一物を覗かせながらこっちへやって来たので、この変態野郎とばかりに持っていた石ころを続けざまに投げつけた。それが悉く命中したので変態男は堪らず、「いってえ!いってえ!」と何度も叫んで頭に当たったら大変だとばかりに裾を引っ張り上げたコートで頭を覆った。で、頭隠して尻隠さずの体になったのを見て和也は面白くなりながら石ころを拾っては投げつけ、釣られて雪も笑いながら石ころを拾っては投げつけた。
堪り兼ねた変態男は、二人からどんどん離れて這う這うの体で逃げて行った。
「やったー!お兄ちゃん!あいつ逃げて行ったよ!」
「うん、良かった」何だかほっとした和也は、変態男が頭を覆った際にコートのポケットから滑り落ちた紙切れが気になっていたので、それを拾い上げた。3枚あった。「これは千円札だ。あいつ、ホームレスだろうからこれを失くしたらやばいだろうなあ」
「お兄ちゃん、あんな奴のことを心配するなんて優しいんだね」
「これはいつか返してやろう」言いながら和也は半ズボンのポケットにしまうと、思い出したように言った。「それにしても何で雪ちゃんは笑ったんだ?あいつを怒らすことになるのに」
「わ~い!お兄ちゃんが雪ちゃんって言ってくれた」雪は大喜びしてから言った。「あのね、あいつのあそこ、めちゃめちゃちいちゃかったの。だから大人の癖にと思って笑っちゃった」
「大人の癖にって他のあそこも見たことがあるのかい?」
「あるよ。兄貴と親父の」
「ハッハッハ!」と和也は思わず噴き出した。「兄貴と親父かよ。女の子なのに・・・そう言えば、その恰好はどうしたんだい?まるで男の子だ」
「あたい、お兄ちゃんと会った時、こんな真っ白な着物きて手が冷たかったから雪女の娘と勘違いされたのかなあって思ったからイメチェンしようと思ってこんなになっちゃいました。アッハッハ!」
「思い切りが良すぎるよ」それであいつは・・・やっぱりショタコンかと気づいた和也は言った。「しかし、手は相変わらず冷やしてるんだね」
「うん。気持ちいいから」
「ふ~ん」全く変わった子だと和也は呆れ果て雪を見つめている内に思い出した。「あっ、そうそう、前から訊きたかったんだけど、あの時、何でこのパナマが僕のだって分かったんだい?」
「うんとねえ、あたい、その前の日も独りぼっちで公園に来ててお兄ちゃんと変態男が出会った所を見てたんだ。そんでお兄ちゃんがパナマ落としたのも見たからよ」
「ふ~ん、そっか」と和也は合点が行った。「今も独りぼっち?」
「うん。こんな格好になったから益々みんなから避けられるようになっちゃった」
「雪ちゃんは可愛いから女の子らしい恰好になった方が良いよ」と和也が言うと、雪は黒光りする綺麗な瞳を一段と輝かせて言った。「そうしたらあたいの友達になってくれる?」
「ああ、もう友達だけどね」
「えっ!ほんとに!」
「うん」
「ヤッホー!やったー!」と雪は万歳して喜んだが、次の瞬間、顔が引きつって両手を下げて驚いた時にする癖で口に手を当てた。「お兄ちゃん、あいつ戻って来た!」
雪の指差す方を和也は見るなり石ころを何個も拾いあげた。
すると、ショタコン変態男は両手で遮る仕草をしながら悲鳴を上げるように言った。「石は頼むから投げないでくれ!もう、変なことはしないし、決して危害を加えないから!」
見ると、コートのボタンを全部嵌めている。で、今までと違うと感じた和也は、一先ず安心して言った。「ほんとだな!」
「ああ、ほんとだ。おじさんは只、落とした金を探しに来ただけなんだ。あれは空き缶拾いで稼いだ大事な金なんだ。坊やたち、おじさんが落としたの見なかったかい?」
「見たよ」と和也は即答すると、ズボンのポケットから3枚の千円札を取り出した。「これだろ!」
「ああ、そうだ。返してくれるかい?」
「うん。返すつもりで風に飛ばされないようにしまっておいたんだ」
「そうかい。坊やは偉いねえ」
「褒めなくても良いよ。はい、これ!」
男は有難そうに受け取ってコートのポケットにしまってから言った。
「嗚呼、助かったよ。お礼の印にこれからは変態行為を止めるよ」
男はそう言うと、冷風に吹かれる木の葉のように去って行った。
「お兄ちゃん、ほんとに偉い!尊敬しちゃう!」
雪を孤独から救い、男を変態から足を洗わせたのだから和也は偉いと尊敬されて然るべきだった。
彼は自慢のパナマのつばに手をやって下がりかけていた前を上げてアミダに被り直し、どや顔になった。
「かっこいい!オシャレ!」と雪に更に褒められた和也は、にんまりして脂下がるのだった。
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