cheek-to-cheek

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cheek-to-cheek

「なんだこのクリーピーでフリーキーな物体」 開口一番スワローが不機嫌な声を出す。視線の先にはテーブルに飾られた造花。縁がギザギザの空き缶から咲いた花は偽物の雪に取り巻かれ、樅の木に偽装されていた。 クリスマスディナーを拵える手を止め、キッチンからひょっこり顔を出したピジョンがお玉を掲げる。 「クリスマス仕様のダンシングフラワーだよ。見てわからない?」 「ケツから寄生虫が出てる」 「引っ張ってみろ」 ピジョンが胸を張って得意がり、スワローは無表情に徹し、空き缶からたれた糸の切れ端を引く。 綿雪のベールを何重にも纏ったダンシングフラワーが不規則な痙攣を引き起こす。スワローの目が据わる。 「放射線当てた?」 「可愛いだろ」 「化学廃液垂れ流しの下水で産声上げた哀しきクリーチャー?」 「もういいよそれで」 深鍋では具沢山のシチューが煮えている。テーブルには毛糸で編んだランチョンマットが敷かれ、晩餐の到着を待っていた。 「ウチのはチャリティバザーに寄付しちゃったし、今年は手作りでお祝いしようと思って」 「よくやるぜ」 ダンシングフラワー改の葉っぱには金銀に輝くベルや星、サンタやトナカイのメレンゲドールがどっちゃり盛られていた。よくよく見れば一口齧った形跡がある。 「盗み食いしたな」 「味見と言え」 「よりにもよって赤鼻のトナカイのアイデンティティー齧るヤツあっか、これじゃただのトナカイじゃねえか」 「コンプレックス取り除いて仲間とお揃いにしてあげたんだ。ひとりぼっちは寂しいからね」 「どんだけ卑しいんだ」 トレードマークの赤鼻が欠けたトナカイを弾くスワロー。今日は年に一度のイブだ。ラジオはオールディーズのクリスマスソングを奏でている。 「できたぞ」 ミトンを嵌めた手で深鍋を持ち、テーブルへと運ぶ。スワローは椅子に踏ん反り返り、怠惰に頬杖付いていた。ピジョンが不満げにぼやく。 「少しは働け」 「やなこった」 「年に一度のイブくらい殊勝な気持ちになってもいいんじゃないか、炊事と給仕を手伝うとか」 「俺にこき使われんのが趣味のくせして」 「本気で言ってるのか?」 外したミトンをテーブルに叩き付け、目尻を吊り上げるピジョン。お説教モードに突入寸前、椅子から腰を浮かせたスワローがリボンを巻いたシャンメリーの瓶を掴む。 「隙あり」 「あ」 コルク栓にワインオープナーを刺す。祝砲に似た破裂音が響き、ガラス瓶から盛大に零れた泡が、クリスマスツリーに見立てられたダンシングフラワー改を濡らす。 「ジャグジーだ。贅沢だろ」 「壊れたらどうするんだ」 「こまけーこと気にすんな」 スワローが陽気に笑って糸を引っ張り、ダンシングフラワー改を踊らせる。続いてシャンメリーを注いだグラスの片方をピジョンに渡す。 「乾杯」 「……乾杯」 スワローが音頭をとり、ピジョンが不承不承グラスを合わせる。ダンシングフラワー改は狂ったように踊り続ける。 シャンメリーを一気飲みしたスワローは無造作に口を拭い、まだ飲みきってないピジョンの腰を抱く。 「よせよこぼす」 「わざとに決まってんじゃん」 「お前って奴は……」 「モミノキモドキにお手本見せてやろうぜ」 「モドキっていうな」 急いでグラスを干したピジョンがスワローの肩に腕を伸ばし、首の後ろに緩く通す。頭の後ろで指を組み、甘く香る唇同士を近付け、ハミングバーズがチークダンスを踊る。 かくしてきよしこの夜は更けていく。
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