論理的恋愛指南

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 うちの学校の正門前にある自動販売機。あそこに「ハテナ」マークの描かれた、中身の分からない缶が売られているだろう。あれ、実際に買うと何が出てくるか知ってるか? おしるこだの、コーンポタージュだの、ナタデココだの……そういう変わり種というか、ハッキリ言えば売れ残りが出てくる……と思うだろう? ところが意外とそうでもないんだ。ちゃんと美味しいジュースだって入ってる。  それじゃあ、どうしてパッケージを隠して売っているのかと言えば、うちの学生たちが悪ノリや罰ゲームで買っていくからさ。ハテナジュースが右上に配置されているのがその証拠だよ。  どうして右上か?  よく「どっちが出るかギャンブルだ!」なんて言って、普通の飲み物とハテナジュースのボタンを同時に押してる奴がいるだろう? あれは実は賭けとしては成立していない。なぜなら、あの自販機はボタンを同時に押すと、より右に、より上にあるものが出てくる仕様になっているからだ。だから、そういうフザけた買い方をすると必ずハテナジュースが出てくるんだ。  ……なに? それが君の相談とどう関係があるのかって?  大いにあるさ。君がクラス1のモテ女である北口さんに告白したいという相談の、正にその答えだよ。  僕はね、君のことをハテナジュースだと思ってる。僕は幼馴染だから、君の中身が悪くないってことをよく知っているんだ。  しかしだね、北口さんの視点に立ってみるとそうじゃない。ほら、彼女に言い寄っている男たちを見たまえよ。野球部のキャプテンにサッカー部のエースストライカー。成績学年一位の生徒会長から不良グループを取りまとめるボスまで、どいつもこいつも何らかの分野でトップに君臨する者たちだ。  彼らは例えるなら、コーラやオレンジジュースといったメジャーな飲み物さ。そういう連中が目の前に並んでいるわけだから、罰ゲームでも悪ノリでもなく、素直に自分の好きな飲み物を選べる北口さんの立場なら、何が出てくるか分からないハテナジュースなんてものは真っ先に選択肢から外れてしまう。たとえ中身がどれだけ美味しかろうとね。目の前に確実な利が転がっているのなら、余計なリスクは取らない。それが人間というものだ。  どうして君がハテナジュースなのかと言えば、それは、君が自分を良く見せる……言うなればセルフプロデュースが実に下手くそだからだ。能ある鷹は爪を隠すとは言うが、度が過ぎれば周囲の過小評価を招くだけだぞ。いくら君が良い奴でも、僕みたいな親しい人間しかそれを知らないわけだから、まずスタート地点からして派手な肩書を持っている他の連中に負けている。それゆえに、君はそもそも北口さんの視界にすら入っていないんだ。  よく見せる、宣伝するっていうのは、君が思ってる以上に大切なことだよ。なにしろ、どれだけ良いものであっても人目に触れなければ存在自体を知られることがないわけだから、まず戦いの土俵に上がることができない。もし、まったく同じものが二つあれば、人はより上手く宣伝した方を選ぶものなんだ。  たとえば、宝くじなんかはその典型だろうね。ある売り場にだけ行列ができていて、なんだろうと近付いて見てみると「ここで1億円が出ました!」なんて書いてある。本来、あれは単なる確率の問題なのだから、どこで買おうと同じはずだ。  しかし人間は感情で動く生き物だ。いくら「過去の実績」がアテにならないと頭では分かっていても、いざ目の前にそれを出されるとすがりたくなる。結果、その売り場で購入した人がさらに増え、それに比例して必然的に当選者の数も増えることになる。そして「あの売り場でまた当たりが出たらしいぞ!」と評判を呼ぶ。考えてみれば当たり前の話じゃないか。  ……なに、話が逸れてる? そんなことはないよ。なぜなら、その宝くじ売り場が北口さんだからさ。彼女はセルフプロデュースが本当に上手い。髪型からファッションから言動まで、すべてが完璧だ。  そう、完璧。  完璧に、女性ではなく、多くの男性が好むものを選んでいる。ある意味、そのために自分を殺しているといってもいい。そこまで徹底できる人間はそうはいない。その点においては尊敬できる。  ……さて、それを踏まえて単刀直入に訊くが。  実際のところ、君は北口さんのことをどう思っているんだ? 本当に「大多数の男性」が好む彼女のことを、君は好きなのか?  ……どうも、昔から君を見ている僕からすると納得がいかない。  君は……なんというか、昔から随分と変わり者だったじゃないか。幼馴染の立場から忌憚なく言わせてもらうが、君は何につけても少数派だった。先日、焼肉に行った時も野菜ばかり食べていたし、購読している雑誌もマイナーでほとんどの人と話が合わない。興味があることと言えば野鳥の観察に古銭集め。映画を観るといえばゾンビ映画専門だ。言っちゃあなんだが、これはかなり物好きのラインナップだよ。  ……なに? この間観に行ったゾンビ映画は万人向けだったって? ……それだよ。そういうところだよ。まず、ゾンビ映画に万人向けなんて無いってことが分かってない。確かにアレは面白かったよ。僕たち二人ともが最後までポップコーンにほとんど手を付けずに熱中していたのがその証拠さ。しかしだね、あれだけ血が出て人が死ぬ映画を万人向けと言うのは、相当に世間とズレているぞ。  お前はどうなんだって? いや、僕はいいんだよ。だって、僕はズレているものが好きだという自覚があるからね。……ああ、もう。ゾンビの話はいいや。また話が逸れる。  ……よし、ちょっと待ってくれよ。今スマホで画像検索するから。……お、出た。どうだい? 君はこの写真の女性を見てどう思う? 美しいと思うかい?  …………なるほど。  やたら服の肩幅が出っ張ってるのが気になる、そして髪型がダサいと。ふふ、いくら君の感覚がズレているとはいっても、さすがにコレは受け入れられないか。でもね、このファッションは今から三十年ほど前には大流行していたんだ。もちろん、男性にだって大モテしていた。信じられるかい? たった三十年で流行というものはこれほど変化するんだ。評価するのは同じ人間なのにね。  もっと言えば、みんなチョンマゲをしていた時代もあったし、眉毛も太くなったり細くなったり、スカートの流行もミニとロングを何度も往復している。  時代の空気だけじゃない。そこには「みんなが良いと言うから、自分も良いと思う」……そういう、マジョリティへ流れることへの安心感が少なからず作用しているんだ。  しかし、そこに本当の自分はいるのだろうか。自分が心から好きなものは、決して周りの空気なんかで決まるものではないはずじゃないか。  自分の心に正直になって、もう一度よく考えてみてくれ。君は本当に北口さんのことが好きなのか? 仮に彼女がOKしたとして、君は幸せになれるのか? 君には、もっと他に価値観の合う女性がいるんじゃないのか?  一緒に野菜だけの焼肉やゾンビ映画に付き合ってくれるような……いや、これからは野鳥の観察や古銭集めにも付き合おうじゃないか。だから、北口さんに告白するのはやめにしないか。君は本当にいいやつだ。もし北口さんと付き合ったら、きっと彼女だってそのことに気が付いてしまうに違いない。  それは……困る。困るんだ。  ……そうさ。こうやって回りくどく、いかにもな理屈を並べてみたところで、結局は僕のワガママだよ。僕が、君を北口さんに奪われたくない一心で、思い付いたことを必死に喋っているんだ。  だからって、他の何かを悪く言うなんて最低だよな。そんなことをしたら、むしろ君に嫌われるだけだって分かってるのにね。  君が本当に好きな人なんて、君にしか分からない。それが真実だよ。  うん、ごめん。  引き止めて悪かったよ。  僕のことは忘れて、君のしたいようにしてほしい。これは本心だよ。  …………え?  告白しようとしているのは……君じゃなくて、君の友人? 僕が勘違いして勝手に一人で喋ってたって?  ちょ……ちょっと待て。  いやいやいやいや、おかしいだろ。  途中、いくらでも訂正する機会はあったはずだぞ。そんなはずは…………おい、何を笑ってるんだ。  ……わざとだな? 勘違いに気付いた後、わざと訂正せずに放っておいたな?  君は本っ当に、そういうところがよくないって言ってるんだ! そんなことしてるから女の子にモテないんだぞ!  ……は? もうモテてる? 誰に?  …………。  …………………。  君は、君というやつは…………もう知らん! いつもそうやって僕をからかって!  なに? 次の週末に映画を奢るから許してほしい? まったく、どうせまたゾンビ映画だろ。……まあ、いいさ。それで許してやることにしようか。  だって、君なんかに付き合ってやれるのは、世界で僕くらいだからね! -おしまい-
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!