嘘つきたちのかくしごと

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*  爽やかな夏蜜柑の香りがする。  勢いよく家を飛び出した俺は、歩き慣れた通学路を小走りで駆け抜けた。キーホルダーのついた鞄を揺らしながら走り去る俺を、蝉たちは今日も鳴き喚きながら見下ろしていた。  交差点に置かれた彩度の低い花束を横目に、学校への近道を抜ける。多くの生徒が利用する小道には、既に俺と同じ制服を纏う人が数人歩いていた。学校へと向かう人々の中に、探していた後ろ姿を捉える。黒いエナメルバッグを斜めにかけてポケットに手を突っ込みながらのんびりと歩く男子学生。サラサラの黒髪が陽光に反射して照り輝く。親友の龍斗(りゅうと)の背に向けて、思い切り叫んだ。 「おぉーい! 龍斗!」  ブンブンと手を振りながら声をかければ、彼の肩がびくりと飛び跳ねる。呆れたような溜息と共に彼が振り返った時、訝しげな周囲の視線が突き刺さる。ちょっと目立ちすぎたなと照れ笑いしながら、俺は龍斗に駆け寄った。 「おはよ!」 「……はよ。翔は朝から元気だな」 「昨日早く寝た!」 「おー、そうか。俺は寝不足だよ」 「またゲームしてたんだろ」 「まぁな」  隣に並んで歩き始める彼を小突く。切れ長でキリッとしたクールな瞳が、呆れながらもどこか嬉しそうに細められた。相変わらずモテそうな顔してるよな、なんて言ってみれば、「モテてもいいことないぞ」なんて無愛想な言葉が返ってきた。 「つーか、大声で声かけてくるのやめろよな。ビビる」 「いやー、だって叫びたくなるじゃん?」 「こんな暑いのに大声あげようと思うのはお前くらいだぞ」  二度目の溜め息が龍斗の口から漏れる。 「まぁ、挨拶が元気なことはいいだろ?」 「そーだな」  そう言えば、龍斗は諦めたように納得した。  俺が大声で挨拶をすることには意味がある。それは、龍斗の存在を周囲にアピールするためだ。声を上げて目立つのは俺だが、俺に注目が集まれば必然と龍斗にも視線が向く。もちろん、の視線だけ。  昨日見たテレビの話をしながら、俺は頭の片隅で一ヵ月前のことを回想していた。俺と龍斗の関係が大幅に変化した日――そして、優しい嘘の計画が始まった日のことだ。  一ヵ月前、商店街横の交差点で交通事故があった。信号無視をしたトラックが横転し、女子大生三人と会社員一人、そして男子高校生二人を巻き込んだ凄惨な事故だった。  俺と龍斗は、不幸にもその事故に巻き込まれてしまった。あの日、俺が商店街で遊ぼうなんて誘ったせいだった。本来ならば、あの時間にあの場所を訪れる予定なんてなかったのに。  でも、何度後悔しようが現実は変わらない。事故日の夜は涙が枯れるまで泣き、部屋に引きこもった。呪詛を唱えるように後悔の言葉を紡ぎ続けた。  そして、涙が枯れ果て意識も朦朧とした時、俺は壊れかけた心で叫んだ。  ――どうして、俺だけが生き残ってしまったのだろうと。  龍斗は、あの事故で亡くなった。一緒に巻き込まれた俺だけが無事だった。だが、俺の日常の景色から龍斗の姿は消えなかった。  だって、次の日も龍斗とこうして共に学校に行ったのだから。
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