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……あぁ、なんだか寂しいな。夏休みはまだ始まってすらいないのに、去り行く夏を見送る気分だ。始まってもいない夏が終わるような気がして、それにしがみつくように花火を握りなおす。その拍子に火花が指先に触れてしまったが、熱くはなくて安心した。
泣くほど綺麗だった。五人分の花火が川面に反射して、蛍の光と混ざり合う。弾ける光も、もくもくと周囲を曇らせる煙も、鼻腔をくすぐる火薬のにおいも、すべてが今は愛おしい。
このまま溶けていってしまってもいいくらいだ、なんてポエミーなことを思っていれば、光の消えた手持ち花火を握りしめたままの龍斗と目が合う。ずっとしたかったことをしているのに、ひどく泣きそうな顔をした彼は、何か言いたげにこちらを見つめていた。
「……実はあんまり、楽しくなかった?」なんて思わず聞いてしまった。俺がよほどひどい顔をしていたのか、龍斗はハッとしたように肩を揺らし、決まりが悪そうに眼をそらした。
「そんなわけない。今、すごく幸せだ。早苗も、明日香も、新田も……それからお前も、楽しそうで何よりだよ」
龍斗はまた押し出すような笑みを浮かべた。そう言うのならば、どうしてそんなに悲しそうな顔をするのだろう。彼はもう、すべて察してしまっているのだろうか。俺たちのかくしごとは、無駄だったのだろうかと落胆したとき、龍斗が俺の目の前に立つ。
「本当に楽しいんだ、嘘じゃない。お前とこうして花火がやれたこと、とても嬉しい。約束、してたもんな。ありがとな」
「……喜んでもらえたなら良かった。龍斗が楽しんでくれなかったら、俺どうしようかと……」
「悪い。なんか、寂しくなっちまって……」
「花火が消えてくの見ると、なんとなく寂しくなるよな」
「あぁ、わかる」
そんな他愛もない会話をしながら、もう一つ花火を手に取る。寂しい気分をごまかすように火をつけて、緑色の光を放つ花火に視線を落とした。
生きている間にやれなくてごめんな。
そう口にしようとしたところで、俺は無理やりその言葉を飲み込んだ。
流れる花火は、あっという間にその身を散らしていく。燃えて、煌めいて、そして眠るように。
俺も龍斗も、それから早苗たちも、買ってきた花火が尽きるまではしゃぎ回った。新田が手に大量の花火を持って走り回っていたり、明日香が突然ねずみ花火を仕掛けたり、早苗がそれを咎めたり。なんでもない夏の思い出がやけに心に染みて、視界が滲みそうになる。俺と龍斗の手元にある線香花火が、少しずつ花弁を散らせていく。まるで、俺達の残り時間を指し示しているかのように。
このまま、時が止まってしまえばいいのに。
溶けて消えてもいいなんて思いながらも、心のどこかでそう願う自分がいた。
――ひと夏の奇跡が、ぽつりと落ちた。
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