終わる恋は白銀世界に咲く一輪の花

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 それは風花舞う朝の事だった。  俺と父は二月のある三連休に、長野に住む祖父母の家に帰省していた。そんな時に、俺は「新しいお母さんと妹が来る」と言われた。しかも、それが当日の朝起きたばかりの話。訳も分からないまま着替えさせられ、「しっかり名前を言うんだぞ」「行儀良くしろよ」なんて言付けられたのだ。  そして九時を過ぎた頃、俺と父の前に一人の女性と、その女性の影に隠れる一人の少女が現れる。  玄関で、彼女らは「これからよろしくお願いします」なんて父に向かって言い、お辞儀を一つした。「こちらこそ、よろしくお願いします」なんて言った父はお辞儀をして返す。それに合わせて俺も頭を下げた。  いくら小さかったとは言え、物心がない訳じゃない。正直言えば、複雑な心境ではあったんだと思う。だからだろうか、とにかく不機嫌だった。  「そちらがお子さんですか」なんて、その女性は視線を逸らしているこちらの顔を覗き込んでくる。それに気付いた俺はさらに顔を伏せた。 「えぇ。ほら、挨拶をしなさい」  そうやって背中を押され、促されるが、凍り付きそうな空気に呼吸を切らし、軽く咳き込んでしまった。 「あっ、うんと、無理しなくて良いのよ」  その女性が言い放ったこの一言が何故だか気に食わなかった。どうしてだろうと考えても、やはり何となく不機嫌だったとしか言えない。  ただそれはそれで変にムキになり、「颯太。三ツ井(みつい) 颯太(そうた)」なんてぶっきら棒に口にした。 「こらっ。挨拶するときはちゃんとしなさいって言っただろ?」  それでもそっぽ向く俺に頭をポンと叩いた父はすぐに「すいません。うちの子が」なんて謝った。でも、その意味はよく分からない。 「大丈夫ですよ。まぁ、いくら子供でも、そりゃ思うところくらいあるでしょうし」 「いや、でも、本当にすいません」 「本当にいいんですよ。うちの子も、ほら。今はこんな状態ですから」  ひんやりとした空気が暖かい部屋から追い出された様に後ろからも流れ込んで来る。それのせいで余計に苦しくなり、また咳き込んでしまう。  更に、玄関の見えない隙間から染み出して来た冷気も相まって、その寒さについ足が震えていた。 「挨拶はこのくらいで十分ですね。さぁ、寒いでしょう。早く上がって下さい」 「え、えぇ。ほら、行くわよ」  女性に引っ張られる様にして少女は靴を脱ぎ、玄関を上がっていく。そして、その少女が俺の横を通り過ぎようとした時、彼女と目が合った。途端、反射的に彼女の手を掴み、「こっちに来て」なんて言って、軽く引っ張る。  勿論、その少女やその女性も驚いただろうし、父だって目を丸くしていた。でも、何よりも俺自身が一番驚いた。何でこんな行動に出たのか分からないのだ。  俺自身、あまり父を困らせたり、怒らせたりするのは好まない。いやむしろ、そこまでして何かを為そうとしたことはない。なのに、こうして絶対怒鳴られるような事だと分かっているのに。それでも、なんとなくそうしなきゃいけないと思ったのだ。  すると、彼女はうんと頷いて、しがみつくようにその女性の袖を握っていた手を離し、俺の手を取って、俺の行くままについて来たのだ。 「こらっ、颯太」 「まぁまぁ。彼、確か同い年なんですよね?」 「まぁ、そうですけど」 「なら、良いじゃないですか。一番懸念していた問題がこうも早く解決してくれるなんて」 「はぁ」 「あの子達はあの子達なりに話し合うんだと思います。ですから、私達大人は大人の話をしましょうか」 「……分かりました。では、こちらに」  そんなやり取りを背に、逃げるように階段を上がって、俺の部屋へと入ると、鍵を閉める。ただ、必死だったということもあり、これだけで流石に息を切らしていた。
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