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まぁ、俺がこれだけ疲れているのだから、彼女もだろう。なんて気持ちで用意したジュースを手渡そうとすると、彼女は顔色一つ変えず、ただ部屋を見渡していた。
「……はい、これ」
それでもせっかく用意したのだ。渡さないわけにはいかない。
「ありがとう」
意外にも、彼女はすんなりと受け取ると、一気に彼女は飲み干して、また部屋をキョロキョロと見渡す。でも、なんとなくそれが普通の反応なんだろうと感じた。
そんな切り出し難い空気を踏ん張って払い退け、口を開き、声を出す。
「ねぇ、君は嫌じゃないの?」
「…………」
「ねぇってば」
「……君じゃなくて、由実」
「ゆみ?」
「うん。私の名前」
困惑。でも、飲み込む。
「分かった。……で、由実ちゃんは嫌じゃないの?」
「何が?」
「ほら、父さんとのこと」
「嫌? なんで?」
「なんでって。ほら、由実ちゃんのお父さんは?」
「いない」
「いないって」
「死んじゃったの」
戸惑い。それこそ、一瞬自分の軽率さを恥じる。
「ごめん」
「いや、いいの。父さんが悪いから」
彼女はそれ以上喋ろうともしなかった。そして、俺もそれ以上は聞こうとはしなかった。
「じゃあ、なんで俺について来たの?」
「来てって言われたから」
「え?」
「だって、来てって行ったでしょ?」
「いや、そうだけど、でも、もし俺が怖い人だったらどうするの?」
「別に。その時はその時」
呆然とした。ただ「来て」の一言で見知らぬ人について行くなんて。そんな時に、俺は何を思ったか、変な正義感を前にぶら下げ、説教を垂れたのだ。見知らぬ人について行ってはいけないだとか、危ないだとか、そんな台詞を並べて、勝手にお兄さん面して声を上げた。
そんな俺に、勿論彼女は泣いた。
瞳に澄んだ涙を浮かべ、出てくる息は嗚咽混じり。彼女は両手で涙も鼻水も拭くが治りはしない。流石に引け目を感じた俺は、その時に一番大事だった自作の手拭いをあげ、なんとか泣き止んでもらった。
そんなのが彼女との出逢い。
それからというもの、痴話喧嘩こそあったものの、大きな喧嘩なんてなく、それこそ仲睦まじいなんていう言葉が合う程、仲が良かったと言う。ただ、俺からしてみれば、妹の方が一方的に甘えて来たように見えただけだったのだが。
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