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僕の隠しごと
「……は……」
意識が覚醒する。僕が、僕、つまりシオンであること。自分自身であることを確認する。
僕の視界には、ゴーグルから覗くコンソール画面。コンソール画面には、『強制リブートを実行しました。現在リブートモードです』という文字が浮かび、その下にリブートに利用したバックアップ環境のバージョンコードが表示されている。
僕は、記憶を確かめるように直近の行動を思い出す。僕は自身の記憶のバックアップを取得し、その過去データからの復元を行う実験をしていたのだ。
現在の時刻とバージョンコード。二つの数字に視線を交互に走らせる。バージョンコードの先頭14桁には、バックアップ日時に相当する数字が刻まれている。バージョンコードが示すのは、現在時刻の約15分前。次にシステムのログを確認する。システムログによれば、15分前のバックアップは成功。次に過去データからの復元テストが失敗し、直前のバックアップデータを使った強制リブートが行われたことになる。つまり、今の僕の記憶は、15分前の僕のバックアップ記録からスタートしているということだ。何度も成功している実験だったのに、今日はなぜ失敗したのか。僕は、復元予定の過去一時間前のデータがロードされ、展開に失敗したという記録の詳細を眺める。
これはいったい……。
僕の生体IDに対する処理記録を一つ一つトレースする。一時間前のデータは脳波サンプリングの適合チェック段階で、数か所にエラーが発生している。そんな筈はない。僕の脳のバックアップデータだから、完全に脳波は一致するはず。こんなエラーが起こるのは、他人のデータを適合しようとした時か、データが破損している時だけだ。
おかしいな……。なんだ、この通信ログ……。一度切断した後、再接続が行われている……。
ヘッドセットとの接続を切断し、データサーバ側にアクセスする。データサーバ側でアクセス記録の詳細を確認する。
現在接続中……。
ヘッドセットを確認するが、僕のヘッドセットとの接続は現在切断されている。
どういうことだ……?
しばらく考える。改めて情報を確認すると、現在接続中の生体IDは確かに僕のものだが、ヘッドセット端末の端末IDは、今ここにあるモノじゃない……。
この端末IDは……、レイのだ……。
しまった……。
僕は、実験記録のレポートファイルに、実験開始直前の記憶確認用のパスワードを入力した。実験開始前に、その都度作成することにしている英数記号7文字のパスワード。15分前の僕にしか分からない情報だ。
復号化に成功し、最新のレポートファイルが開く。パスワードの記憶は合っていた。少しホッとする。確かに15分前の僕に戻っている。
素早くレポートファイルの実験手順に目を通す。しかし、どこにも疑問な点や、ミスもない。その時、ふと気になることが脳裏を過った。プログラムの接続先……。
やっぱり……。レイの端末になっている……。
まさか……。
僕としたことが……。次の実験で試そうとしていた検証前の、あのプログラムをアクティブにしてしまっていたのか……
僕はすぐさま、レイの研究室に向かう。向かいながら、思考を巡らす。レイに確認しなければならない質問を思い浮かべようとするが、気が動転してうまく整理できない。
どんな質問をすれば、彼女の人格が確実に彼女自身のそれであると、証明できる根拠となり得るのか。
レイの部屋の前に立ち、ノックもせずにドアを開ける。予想通り実験用のデスクに座っているレイの後ろ姿が目に飛び込む。
「レイ!!」
僕の呼びかけに、びくりと跳ねたようにレイが背筋を伸ばす。
「ど、どうしたの!? シオン??」
慌てて振り向いたレイは、VRデバイスを付けていなかった。僕は慌てて、デバイスの所在を確認する。
「い、いきなり入ってこないでよ。親しき中にも……って言うでしょ!?」
戸惑うような様子のレイを無視して、僕は視線を走らせる。レイのデスクから離れた部屋の隅の棚、そこに置かれたVRデバイスが目に入った。デバイスの起動ランプは点灯しているが、そのことにレイは気付いていないようだ。
「す、済まない……。記憶が錯綜して……」
「あ、ああ……。例の実験? ぶっ通しは良くないわよ。少し休憩したら?」
「そうするよ……」
僕は、レイの研究室のドアを閉めて、自室に戻る。
初歩的なミスだ。確かに、ここ最近数時間しか寝ていない。実験による脳の負担も計り知れない。自覚はないが、疲れているに違いない。
最近研究に没頭しすぎだ。だけど、今の僕はこの衝動を抑えられなくなっている。それは、研究の過程で立てた、ある仮説に基づく可能性に興味を抱き始めてからだった。
既に記憶データからの人格再生が成功することは、自分の記憶で実験し実証済みだ。ただし、それには脳波が完全に一致することが条件。これはつまり、個人に対して他の人格を再生することが出来ない、という抑止にも繋がっている。だがしかし、限りなく脳波が一致する個人同士であれば、その肉体に別の人格を再生できる可能性が考えられる……。
その可能性。そんな奇跡が、まさかこんな身近にあるなんて、しかも願ってもないほど理想的な。
これが僕の隠しごと……。
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