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三分とない曲を聴き終わると、無性に吹いていた人を見たくなり、近寄ろうとした途端、うっかり木の根に躓いてしまった。
「誰?」
その人影は立ち上がり、こちらを見つめてくる。
いっそ、このまま逃げてやろうかとも思ったが、木々を掻き分け、その人の前に姿を出した。
そこに別に考えなどはない。
「あ、す、すいません。笛の音が聞こえたもので」
「そ、そうですか」
その人は、同い年くらいの女性に見える。声も若い。ただ、あるのが月明かりだけというせいか、顔ははっきりと見えない。
そして、彼女の手には竹で出来た玩具のような物が握られていた。
「今のは、それで?」
「あ、えぇ。竹笛です」
「竹笛ですか……凄いですね」
ぎこちない言葉で場を繋ぐ。
下手に警察を呼ばれるのもたまったものではないし、それに、薄ら見えた彼女の表情は悲しそうで、話した方が良いと思っただけ。
取り敢えず、ずっと立つのも何だろうと思い、近くにあった大きな岩に腰を掛けた。
「いつもここで吹いているんですか?」
「いえ。今日は偶々」
「そうなんですか。とてもお上手ですね」
「全然ですよ」
「でも、こんな時間に女性一人で大丈夫ですか?」
「ま、まぁ」
「あ、別に僕は変な事はしませんよ」
「あ、はい」
それに僕自身も寂しかったのかも知れない。こうして誰かと話せれば、相手なんて誰でも良かったのかも知れない。
はぁ。
そんな自分の思考を理解した瞬間、何故か溜め息が出てしまった。
「えっと、あなたは、こんなところで何を?」
「え? 僕ですか?」
「あ、えっと、その、すいません」
「な、何で謝るんですか。大丈夫ですよ」
「え、あ、はい」
「……別にただただ家に居たくなくて飛び出してきたんです。どうせ何処にも居場所なんてないんだし」
「……す、すいません」
「だから、謝らなくて良いですよ。あなたこそ、何で竹笛を?」
「わ、私は、その、す、好きだからです」
「そうですか。でも、なんで夜中のこんな場所で?」
「えっと、あ、その……」
「あ、無理して答えなくても大丈夫ですよ」
「その…………私も、同じです」
そんな会話をしている時でも、彼女は作り笑いを浮かべている気がした。まるで、何かを怯えるかのように。とは言え、この時間に男と誰の目もなさそうなこんな場所なら仕方ないだろうが。
当然のようにある程度の会話が終わってしまうと、静かな風が僕と彼女の間を吹き抜けていく。
「す、すいません。お、お名前伺っても良いですか?」
だが、彼女からそんな言葉が出て来た時は流石に戸惑った。
「僕のですか?」
「……はい」
「……優斗です」
「わ、私は紗希って言います」
「あ、はい」
「そ、その、お願いがあるんですが」
「お願い、ですか?」
さっき会ったばかりなのに、彼女は確かにそう言った。
戸惑いは更に膨らんでしまう。
「そ、その、わ、私を……その、お、犯してください」
「……え?」
「お、お願いします」
「い、いや、いやいや、ちょっと待って下さい。そんな事無理に決まってるじゃないですか」
少し身体を後ろに仰け反らせた途端、彼女はいきなり僕の方に寄ると、手を握って来た。そして、顔を近づけてくる。
「わ、私じゃ、だ、ダメですか?」
そんな言葉を上目遣いで掛けてくる。
しかも、近くで見た顔は不細工なんて言葉は似つかわしく無いように思えた。
「だ、だから、な、何で、そこまで……」
「お願いです」
「お、落ち着いて下さい」
「お願い、します」
身体を密着させ、体温を押し付けてくる。さらに、女性特有の香りは本能を燻ってきた。
ここは、誰も見ることが出来ないし、助けを呼ばれたとしても絶対に誰も来ない場所。好きなように出来る場所だ。
全ての状況が僕の背中を押して来る。
「……すいません。これくらいしか出来ないです」
「…………え?」
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