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だが、同時に感じてしまった。手の震えを。目の奥が死んでいることを。それが頭で理解った時には、彼女の背中に手を回し、ギュッと抱き締めていた。
「何があったかは分からないですけど……」
「…………い、いえ。ありがとう、ございます」
勿論、すぐに手を離そうとしたが、彼女は僕の服をしがみ付くように握っていた。
それから一体、どれくらいの時間だったのだろうか。
数秒、数十秒、数分、数十分、いや、数時間。
彼女はいつの間にか涙で顔をぐっしょり濡らし、泣き声まで上げていた。
僕には彼女の気持ちは分からないし、何故会ったばかりの僕にあんなことを言ったのかも分からない。だが、一つだけ分かることがあるのならば、彼女が僕と同じで、誰でも良いから隣に居てくれる人が欲しかったのだろう。
「……す、すいません。服、汚しちゃって」
「ぼ、僕は平気ですけど、大丈夫ですか?」
「はい」
ふと、彼女が首にしているものへと目が吸い付けられた。
「それって、竹笛ですか?」
「……これ、ですか? そうですよ」
「さっき吹いていたのとは違うような」
「……はい。これは一つしか音が出ないんですよ」
ピーッ。
彼女は一つ吹いて見せる。
その音はさっきの音とは違い、小さいが真っ直ぐとした音だった。
「……あの、最後にお願いしても良いですか?」
「はい」
「目を瞑ってて貰ってもいいですか?」
「え?」
「お願いします」
「あ、はい」
言う通りに、目蓋を閉じる。
刹那、唇に温かいものが触れた。
「ちょっ……」
「……そ、その、す、すいません」
「い、いや、謝ること、じゃないけど……」
不意に見上げた空には、暖かい光を放つ月が真上にあった。鏤められた星はゆっくり回りながら、暗い夜空を彩る。雲は流されるままに動き、色褪せた筈の景色は色で飽和しすると、光は様々なものを輝かせる。
でも、全ては止まっているようにも思えた。
––––止まっていて欲しかった。
「も、もう、帰りますね」
「そ、そうですか」
だが、無慈悲な世界は、規則通り回り続ける。
「……また明日の夜に」
そう言うと、彼女は木々の影へと姿を消してしまう。
そんな彼女の背中に手を伸ばそうとしたが、追い掛けることは出来なかった。
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