ウソの狂想曲

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ウソの狂想曲

 それは、僕以外に誰もいない(はず)だった真夜中の公園。  いつものように端っこにあるベンチに座り、冷たく澄んだ空をぼんやりと見て、下らない感傷に浸っていた。  一体、何をしているのか。自分に聞いてみても、その答えは一切出ない。 「はぁ」  溜息を吐くと、また夜空を見上げる。  月は地上の明かりに負け、光を失い、星は動くことなく、ただ瞬くことしかしていない。そんなのをただ見つめるのは、面白い筈もなかった。  ピーッ。  ふと、柔らかな夜風に乗った笛の音が聞こえた。斜面林の方からだろうか。  ブランコの横を通り過ぎ、背の低い木を掻き分け、奥に貼られているロープを潜ると、僕はそのまま音の鳴る方へと歩いて行く。  勿論、恐怖は心の隅にあるし、感じていないわけではない。だが、今は押し殺さずともそれ自体が勝手に身を引き、順番的に残った好奇心に身体を奪われていた。  いや、純粋にその音に惚れてしまっただけなのかも知れない。ただただ、綺麗な音色だと、近くで聞いて見たいと思っただけなのかも知れない。  枯れ葉を踏む音は一定のビートを刻み、それに合わせるかのように、たった一音だけの音色はリズムを覚える。  ピーッ、ピッ、ピピッ、ピーッ。 「私の音を聞いて」  そう言わんばかりの切ない音色は一歩、また一歩と進む度、段々大きく聴こえる。  そして、草木に囲われた場所、その真ん中にある切り株に腰を掛け、月光を一身に浴びる人影を見つけた。  すると、小さく息を吸い込む音が聞こえた次の瞬間、また笛の音が鳴り始める。  ピーッ、ピロピロピロピロピロピロロ。  だが、ただの音では無かった。曲だ。曲が奏でられ始めたのだ。 「この曲って……」  ……ショパンのノクターン。二十番目。確か、『遺作』。  曲が進むにつれ、音は三つ、五つ、八つ、と増えていく。繊細で綺麗な音色をするものだと思ったが、何故か切なさは増す一方だった。  ゆっくりとしたテンポの波に飲み込まれた風景は色褪せていく。時折訪れる静寂は光を飽和させ、影を一層強めた。夜に染まる振動は鼓膜を震わせ、心まで揺らす。  気付けば、頬を一筋の涙が流れた。  感動。そう言えば、良い様に聞こえるが、また少し違う気がする。何というか、“命の輝き”を聞いているかのように思えたのだ。
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