走り行く列車に、夢を見た

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走り行く列車に、夢を見た

 眩い日差しが差し込む土曜日の朝。  寝ぼけ眼を擦りながら、窓を開け、大きく伸びをした。  東の水平線からは空を淡く燃やす太陽が顔を出し、星はその姿を隠し始めた午前五時。  香る潮風に吹かれ、漣の伴奏に合わせて鳥達は朝を告げる歌を聴きながら支度を始める。  清々しく、そして、とても気持ちの良い朝だ。 「にゃーぉ」 「おはよう」  足元から聞こえた鳴き声に挨拶をすると、リビングへと向かい、ソファ裏の引き出しからキャットフードを取り出し、お皿に乗せ、この子のお気に入りのベットの横に置いた。  朝ごはんを食べ始めた猫を横目に、寝室へ行くと、箪笥からジーパンとTシャツを引っ張り出し、着替え、抜け殻となったパジャマを洗濯機へと放り込む。  再びリビングに戻った頃には、ペロリと朝ごはんを平らげた猫が、ベットの上で満足そうに毛繕いしていた。  そんな様子に頬を緩ませながら、炊けたばかりのご飯を炊飯器からよそい、冷蔵庫から卵一個と醤油を取り出す。 「いただきます」  手を合わせると、卵を割り、軽く溶いて、ご飯の上に乗せると、醤油をかける。それから均等に混ぜれば完成。卵かけご飯。やはり、朝はこれでないと。 「ご馳走様でした」  お茶碗一杯に盛られていたご飯を全て平らげると、そのまま下げ、洗い物までしてしまう。水切り台に乗せ、シンク周りを台拭きで拭き終わると、朝のやることは全て終わった。 「んじゃ、行くか」  独り言を呟くと、読みかけの本と財布の入ったバックを持ち、「行ってきます」と言って、玄関前まで来た猫の頭を一つ撫でると、家を出た。  午前六時のこの住宅街はまださほど目を覚ましておらず、潮風吹き付ける沿岸沿いの道には人影一つとしてない。そんな道を愛用のクロスバイクで風を切りながら走るのが最高に気持ち良いのだ。  変わらないようで、僅かに変わっている海辺の景色を横目に走り続け、三十分経った頃、右側に出て来た公園へと入って行く。  クロスバイクを軽々と担ぎ上げ、雑草が生い茂る階段を上り、屋根があるベンチの方へ向かった。 「今日も来たんだ、後輩くん」  ベンチの側まで来た時、そこに座って居た大きな帽子を被っている人影から声が飛んで来た。 「おはようございます、先輩」 「うん、おはよう」  挨拶をしながら屋根の下に入り、クロスバイクを屋根の柱に立て掛け、チェーンをかけると、その人の隣に座る。まぁ、隣と言っても、ベンチの両端に座っているだけなのだが。  その人は綺麗な女性だ。身長は少し小さいけれども、女性らしい曲線美を持ち、透き通るような肌色、少し茶髪がかった短めの髪をしている。  ただし、僕は彼女の名前を知らない。顔も知らない。  いつも彼女はストローハットを被り、顔を隠すようにしている。ただ、時折見える横顔はとても綺麗だった。そして、自前のハーブティーの入った水筒を片手に、一日ここで本を読んでいるのだ。結局、僕が知っている彼女の情報と言えば、彼女が年上ということだけ。ただそれだけだ。  ただ、恐らく、彼女も同じだろう。 「今日は何の本を読むんだい?」 「夏目漱石の『夢十夜』を」 「そうか……。いや、後輩くんにしては珍しいね」  彼女は意外そうな口振りで、本を一度閉じ、顔を少し上に向けた。 「僕にしては、ですか」 「そうだろう? 何せ、谷崎潤一郎の『痴人の愛』や堀辰雄の『風立ちぬ』それから三島由紀夫の『潮騒』なんて言った作品を読んでいた口じゃないか」 「まぁ、そうなんですけど、高校の現国でやった第一夜の話が忘れられなくて」 「ふーん、そうかい。……まぁ、あれは美しい純愛の形が描かれているからな。良いんじゃないか」  そんな会話を交わし、ちょっとした世間話でもした後に、本を読み始める。  先輩の言う通り、第一夜は美しい純愛そのものだった。しかし、第三夜はとても恐ろしい話であったり、第六夜なんかは時代感溢れる話でもあったのだ。それに、何処かで読んだことのあるお話と酷似している話もあり、中々に面白い。  そして、十夜まで読み終わる頃には、昼時になっていた。
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