ある一つの世界の小さなお話

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 他愛もない話を始めて一時間ほど経ち、空腹も限界寸前になった頃、ようやく到着した。  人気のある店だとは聞いていたが、ピークを過ぎていたらしく、案外あっさりと入店し、ゆっくりとお昼を食べることが出来た。 「うーん、最高」 「そうだね」 「一切れ頂くよ」 「ちょっ、俺の取るなよ」 「良いじゃん別に」  やっぱり楽しい。  食べ終わると、折角街の方へ出て来たんだからと彼女は言い、総合型アミューズメントパークのある建物に入って、ゲーセンで思い切り遊びもした。勿論、財布からは数枚あったはずの千円札は全て消え去ってしまったが。 「じゃ、帰ろうか」 「そうだね」  ふと気付いた頃には、時計の短針が六の数字を指ており、焼けていたはずの空も気付けば闇に染まっていて、もう西の地平線付近にしか茜色の光はない。  そんな景色を背中に、来た道を歩いて戻る。ただし、向かう先は駅だった。 「ねぇ、また今度も遊びに行く?」 「……僕は良いよ」 「それじゃあ、決定だね」  会話を交わす僕らの間に風が吹き抜けた。  僕と彼女は、恋愛関係という距離にはいない。あくまで、友人、クラスメイト、幼馴染み。ただそれだけなのだ。 「ねぇ」 「何?」 「私達、これからどんな世界に生きていくんだろうね」  けれど、お互いに居場所を持つことを許されず、孤独になり、はみ出して、そんな中で生まれた『依存』した関係なのだ。 「分からない」 「この先、どれだけ世界は枝分かれして、どれだけ決断を迫られ、どれだけ可能性の芽を摘まなきゃいけないんだろう」 「……分からない」  そして、多分僕らはそれ以上もそれ以下も求めていなかったのだろう。 「ねぇ、一つお願いして良い? 一生に一度のお願い」  ただ、それがよかった。それでよかった。 「はぁ、これで何回目の一生に一度のお願いだよ」 「良いじゃん。それで、聴いてくれるの?」 「……分かったよ」  そのはずだった。  だが、時間が僕らを変えてしまった。一緒に居た時間があまりにも長く、長過ぎてしまったせいで。 「動かないで、目を瞑って」  日は沈み、上った筈の月は薄暗い雲に隠されてしまっている。  吹き付ける風は冷たい。 「分かった」  そう言って、目を瞑る。  刹那、唇が重なった。  ––––初めてだった。  あまりにも突然のことで、何の構えも出来ていなかったし、心の準備や覚悟の一つもする間も無かった。  なのに、僕は妙に落ち着いていたのだ。  たったの数秒さも長く感じ、一瞬過ぎる度に、力んでいた全身は徐々に相手へと委ねられていく。  そして、伝わって来たのは、恐怖と悲しみの味と、彼女の温度だけだった。 「……じゃあね」  唇を離し、震える手で僕の肩を掴んだまま、涙でグチャグチャになった笑顔を浮かべた。  そして、もう一度唇を重ね、自分の温度を押し付け合う。  そんな彼女を、その時は抱きしめることしか出来なかった。
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