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4 大人のキス
つき合い始めてから約三週間後の二人の誕生日は、糸恵の部屋で二人だけのパーティーをすることにしていた。
当日は龍之介のアルバイトが終わる時間に間に合うように、午前中からいろいろと準備をした。
掃除をし、あんまり得意ではないけれど、レシピを見ながら料理をいくつか作った。そ
れからシャワーを浴びた。“そういうこと”になるのかならないのかわからないし、もしなるとしたらその時にシャワーを浴びるのかもしれないけれど、浴びないかもしれない。浴びないままそういう雰囲気になった時のことを考えて、念のためにだ。ムダ毛をチェックして、丁寧に体を洗った。けれどシャンプーやボディソープの匂いが残るのはいただけない。だって“いかにも”すぎる。絶対に龍之介にそんなふうに思われたくはなかったので、いつもより時間をかけて念入りにすすぎ流した。
部屋のベルが鳴ったのは八時半過ぎだった。
スコープから覗くと、少し斜めを向いた龍之介が立っていた。
すでに騒ぎ出していた心臓が、いよいよびくんびくんと跳ねだした。
いつもアパートの前まで送ってもらってはいたけれど、部屋に招き入れるのは初めてだった。本当はもっと一緒にいたかったし、帰らないでほしかったけれど、断られるんじゃないか、嫌われるんじゃないかと思うと、それを口にする勇気が無かったのだ。向こうからそれとなく言ってくれればと思ったりもしたけれど、龍之介が言い出すこともなかった。
一つ大きく深呼吸をして、ドアノブに手をかけた。
お互い、ぎこちない笑顔を交わす。
買ってきたケーキを差し出した後、「おじゃましまーす」と小さな声で言いながら、龍之介は靴を脱いだ。
「これ全部糸恵が作ったの?」
小さなローテーブルいっぱいに並べられた料理を見て龍之介は驚いたように言った。
「そうだけど、そんなに難しいのじゃないよ。レシピ見ながら作ったけど、美味しいかどうかわからない」
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