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「それを言うなら、俺だって龍之介だし」
「『龍之介』はかっこいいよ。私とは違う」
「違わないよ。俺、好きだよ? 糸恵って名前。誰が付けてくれたの?」
運命の赤い糸なんて言葉があるけれど、両親は人との縁を“糸”として、赤い糸だけでなく、様々な色の素敵な糸にたくさん恵まれるようにと、この名前を付けたのだそうだ。それをりゅうに話すと、「ほら! やっぱりすっごくいい名前じゃん」と言ってくれた。こんなに素敵な人の彼女になれたのも、もしかしたらそのおかげなのかもしれない。自分の名前がちょっと好きになれる気がした。
「まあ、でも俺、糸恵の名前がトラジロウでもクマゴロウでも全然いいけど」
「何それ」
笑い合って、どちらからともなく目を逸らした。
つき合い始めてからわりとすぐ、二人はキスをした。それから何度もキスしたけれど、まだそれ以上の関係にはなっていない。今日こそがきっとその日だと思うと、糸恵の頭の中はそのことでいっぱいだった。
ファーストキスは高二の夏だったけれど、それ以上の経験はまだ無い。ちゃんと出来るだろうか。嫌われはしないだろうか。ずっとそんなことばかり考えていた。
二人とも言葉少なになり、そのうち会話も途切れた。どうしたらいいのか分からない。
「お水、飲もうかな」
糸恵が立ち上がると、後を追うように龍之介も立ち上がった。そして冷蔵庫の手前で後ろからいきなり抱きしめられた。
背中に彼の鼓動が響く。共鳴するように、糸恵の鼓動も激しさを増した。
ゆっくりと二人は向かい合い、見つめ合った。
いつものように、彼の頬に散らばるうすいそばかすが間近に見えたところで、糸恵は目を閉じた。
唇が重なる。
龍之介が、支えるようにそっと糸恵の首の後ろに手を回した。
次の瞬間、いつもとは違う感覚に糸恵の体はびくっと反応した。彼の舌が押し入ってきたのだ。そして生き物のように糸恵の舌に絡みついた。なんだかいつもの龍之介ではないような気がして、糸恵は一瞬目を開けそうになった。が、逆にぎゅっと力を入れて瞼を閉じた。
大人のキスも、初めてだった。
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