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社会人になってから、龍之介は待ち合わせの時間に遅れることが多くなった。
その日も時間通りに現れないことは覚悟していたけれど、約束の時間を三十分過ぎても、四十分過ぎても龍之介は現れなかった。
何となく嫌な予感がして携帯を開いてみると、一時間近くも前に、彼からの不在着信とメールが一件ずつ入っていた。どうして気が付かなかったのだろう。メールを開いてみて愕然とした。
〈ホントにゴメン! どうしても急ぎの仕事が入った〉
華やかな街の喧騒が、急にただのノイズに変わった。
糸恵はしばらくの間じっと携帯の画面を見つめた後、電源を切った。
「おねえさん一人? これから一緒にどっか行かない? カラオケとか」
まるで見計らったように、バカそうなナンパ男が声をかけてきた。無視して行こうとしたがすぐに立ち止まり、「これあげる」と言って龍之介へ渡すはずだった袋をナンパ男の胸に押し付けた。そして呆気にとられている男を置いて、足早にその場を去った。
部屋のチャイムが鳴ったのは、すでに日付が変わってからだった。
糸恵は出なかった。
携帯の電源も、切ったままだった。
翌朝、ドアの外には、小さなプレゼントの袋が掛けてあった。
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