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2 龍之介のリアル
東京の生活にも慣れ、大学生活も二年の後期を迎えていた。
社会学の先生がとある課題を出したのは十月の初めのことだった。数人ずつのグループに分かれ、指定されたテーマに沿って街へ出てリサーチし、それをレポートにまとめるのだ。期限は一ヶ月。グループは、あいうえお順の履修者名簿の上から四人ずつ。そこでなんと、立花龍之介と一緒のグループになった。
それはそれは胸が高鳴った。彼のことはいつも遠くから見ているだけで、まだ言葉を交わしたことはない。一年生の初めの頃に目が合ったことをいまだに覚えているのだって、きっと糸恵の方だけだ。もしかしたら彼は、糸恵の存在自体を認識していないかもしれない。そのくらい立花龍之介の存在は華やかで、糸恵はその他大勢にすぎないのだ。けれど同じグループで課題に取り組むとなると、必ず話をすることになるだろう。同じグループになった他の二人とも話をしたことはなかったけれど、頭の中はすでに彼のことでいっぱいだった。
「立花龍之介です。よろしく」
彼から糸恵に向かって発せられた最初の言葉はそれだった。知っている。百も承知だ。他人行儀(当たり前だけれど)かつ礼儀正しい挨拶に、ただうなずくのが精いっぱいだった。が、次に彼の口から出て来た言葉に、思わず「え?」と聞き返してしまった。
「副島さんって、下の名前、たしか糸恵さんだよね?」
立花龍之介の口から、なんと自分の名前が飛び出したのだ。存在さえも認識してくれていないだろうと思っていた、王子様の口から。
「あ、別にストーカーじゃないよ? 教室でそう呼ばれてるの聞いたことあったから」
不審に思って聞き返されたと思ったのか、龍之介はちょっと慌ててそう説明した。こんなストーカーなら、どんなにつきまとわれたっていい。真正面から見る彼の端正な顔立ちに圧倒されながら、そんなことを思った。
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