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「俺のこと、ハーフだと思ってる人が多いみたいだけど、厳密にはそうじゃないんだよね。面倒くさいから一々言わないけど」
「えっ、違うの?」
「父親はスコットランド人なんだけど、台湾のクォーターなんだ。つまり四分の三はスコットランド人、四分の一は台湾人。で、母親は日本人だから、俺は八分の四が日本人、八分の三がスコットランド人、八分の一が台湾人」
たしかにややこしい。一々説明するのは面倒だろう。だが話の流れとは言え、その面倒な説明を自分にしてくれたんだんだと思うとうれしかった。
「小さい頃は今よりもっと肌も白くて、髪も茶色くてさ。学校とかでちょっと喧嘩すると、すぐ『アメリカに帰れ』とか言われてた。俺にはアメリカ人の血なんて一滴も流れてないのにさ。けっこういじめられてたよ」
すごく意外だった。いつもみんなに注目されて、憧れられて、チヤホヤされて。そんな人生を送ってきた人なのかと思っていた。
「うちの母親、若い頃ロンドンに留学してたらしいんだ。それで、そん時につき合ってた彼氏との間に俺を妊娠してしまって、それで留学も途中で断念して、帰国して俺を産んだんだって。だから俺は、父親ってどんなものか知らずに育ったわけ。顔だって写真でしか知らない」
龍之介は別に深刻な風でもなく、何気ない世間話でもするようにそう話した。聞いていいものか少し迷ってから、糸恵は控えめに口を開いた。
「お母さんは、お父さんと結婚しようとは思わなかったのかな」
「そのつもりだったらしいけど、色々あって結局別れたって。じいちゃんは、お腹の子どもは堕ろした方がいいんじゃないかって言ったらしんだけど、母親は絶対産むって……。だから今俺がいるんだけど。まあなんだかんだ言っても、じいちゃんばあちゃんは俺のことすごくかわいがってくれてるよ。じいちゃんなんて超じじバカでさ。俺はじいちゃんの若い頃にそっくりなんだって。名前もじいちゃんがつけてくれたんだ。敬愛する芥川龍之介からとったんだって」
彼の背後にあるのは、きらびやかなおとぎ話の世界などではなく、自分と同じようなごく普通の日常だ。それに、彼は彼なりに悩みや葛藤を抱えて生きてきた。
糸恵は龍之介のことを、今までで一番近くに感じた。
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