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1 カフェオレ頭の彼
トク、と胸の奥が脈打った。街灯に照らされたその横顔は、間違いなく彼だった。
十一月も余すところあと五日となった今日の気温は、十二月下旬並みだったのだそうだ。夜になって冷え込みはさらに増してきている。
副島糸恵は、カフェの窓際の席でスマホの画面を眺めていた。店の中は暖かいけれど、ガラス越しに伝わる外気温のせいか体の左側だけ少しひんやりとする。
くだらないネットニュースを読んでいる途中で、テーブルの上のカップに手を伸ばしかけてやめた。残り四分の一ほどになったブラックのオリジナルブレンドからは、すでに湯気も香りも立たない。
視線を戻し、時刻を確認すると十九時五十分を回っていた。つまり五十分以上も待っていることになる。
待ち合わせ場所へ向かっている途中に、急なトラブルで少し遅れそうだから、どこか暖かい所で待っていてくれるようにと連絡が届いたのだった。OK、と一旦返し、さらに、待ち合わせ場所からほど近いこの店の名前を伝えた。
糸恵はできるだけ早く会社を出られるように、昨日のうちにやれることは残業して片付け、今日も昼休みを早めに切り上げて仕事をこなしたのだったが、向こうだってわざと遅れているわけではないのだから仕方がない。
思わずため息が漏れる。スマホをテーブルの上に置き、背中を椅子にもたれて見るともなく外に目をやった。
すぐ前の交差点では、赤信号に足止めされた人たちが、肩をすくめたりポケットに手を突っ込んだりして色が変わるのを待っている。
その中に、彼はいた。
通りの方を向いて、黒っぽいコートを着て立っていた。
彼が横を向かなかったら、きっと気づかないままだったのだろう。
頭をもたげつつあったイライラは、込み上げる懐かしさに一瞬にして追いやられた。
愛おしさにも似た懐かしさの中には、微かな痛みが混ざっていた。
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