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…苦しい…息が…辛い…胸が痛い…呼吸が浅い…
吸っても吸っても呼吸が楽にならない。吸うたびに胸が痛み、耳障りな音がする。横を向きたい。僕はいつも横を向きの胎児型で眠るんだ。苦しい。少しでも楽な姿勢になりたい。強制的に仰向けにされているのか、それともそんな体力すらないのか、どうしても横が向けない。
ぼんやりと開いた目に、白い天井が映る。その白がパアッと光りを放ち一気にハレーションを起こす。膨張した光が僕を飲み込む。恐怖と同時に感じたのは安堵だった。
ふぅっと、体が浮いた。白い光の中、羽毛にそっと受け止められたような柔らかさに包まれ、僕は薄く開いていた目を閉じる。すーっと、何かに吸い取られるように苦痛のすべてが消えていく。体が軽くなって、上へ上へと昇っていくのが分かる。
久しぶりに感じる心地よさ中で、僕はやがて意識を失った。
「おい…おい。」
誰かの呼ぶ声に目を開ける。
「お、起きたか。」
目の前に、二足歩行の猫が立っていた。2メートルは優にあるだろう、白いむっちりした猫。仁王立ちするソレを、多くの人が猫とは認識しないだろう。
「ネコ…ガミ…さま…?」
「いかにも。」
白くて厚みのある長四角の体。短い足と、妙に長い手…ピンクの鼻と口に、青い左目と黄色い右目。間違いない「ネコガミ様」だ。
僕がこの生き物を一応「猫」と認識出来たのは、知っていたからだ。そう、今目の前にいて、喋っているのは、僕の婚約者が大切にしていた猫らしくない猫のぬいぐるみだ。巨大化したぬいぐるみが喋っている。かわいいとは思えない風貌で、短い毛並みは白く柔らかだけど、中身がみっちりとつまりすぎるほどに詰まっているせいでカチカチの手触りは、おおよそ癒しとは程遠い。このぬいぐるみを、彼女はたいそう大事にしていて、そして、なぜか大抵の願いをこのネコガミ様が叶えてくれると信じていた。
「おまえ、そんな声だったんだな…」
巨大化して話すようになった猫のぬいぐるみに、僕はそう言った。
「これは、仮の声だ。」
「ああ…そうなんだ。」
そういえば、彼女が好きだと言っていた渋い声優の声そのものだ。なんて都合のいい…そうか、これは夢か。と思った瞬間。ネコガミ様が渋い声で告げた。
「お前は死んだ。」
「へ?」
告げられたことの重さに不釣り合いな間の抜けた返事をして、僕の思考は停止した。「死」という文字だけが頭に浮かんだが、それを理解することが難しかった。
「なにを呆けている、お前は死んだ。」
「…そう…なんだ…」
とりあえずは、あの苦しさからは開放されたらしい。
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