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ある金曜の夜、ゆき子が、いつものスウィーツのお礼にと内藤を夕食に招いた。例によって僕の秘話選手権がはじまり2階に避難した僕は、いつの間にかウトウトしてしまった。1階から大きめの声がして目が覚める。ずいぶん寝た気がする。いい加減話も尽きただろうと階段を下りる。 二人の話はまだ続いていた。二人の前には、アルバムが拡げられている。彼女が趣味にしている写真。彼女は撮る人だから、必然的に生き物の被写体は人間の僕と猫のソーセキが中心だ。 「ないとーくん、もうさあー、写真とか飾っちゃおうかなー」 今夜は内藤がスウィーツの代わりに持ってきたトカイワインをきっかけに深酒になったようだ。酔うとゆき子は声が大きくなる。 「写真とか飾ってさー、そんで、おはなとか、おせんこーとかもおいちゃってさー、そしたらさー…そうしたら、あきらめられるのかなぁー」 「ゆき子さん…」 グラスに残ったワインを飲み干して、ゆき子が続ける。 「わたし、分かってるんだよ。ココでは、分かってるのっ。」 両手で自分の頭をバンバンと叩く。 「でもさー、ココじゃあ、わかんない。わかんないのよ…」 今度は胸をドンドンと叩く。 「わかんないんだよぉぉぉ!」 ゆき子は嗚咽交じりに叫ぶ。こんなに感情を爆発させる彼女を見るのは初めてだ。 「だって、見てないんだもん。ICUで苦しんでるところも…死…死んじゃう瞬間も…死んじゃった顔もっ…お別れだってしてないんだもん…ここ、この玄関出ていく時、歩いてたんだよ、ソーセキ頼むねって、すぐ帰るよって…なのに、なのにさぁ…!わかんないよっ!」 口調も泣き方もまるで少女のようになっているゆき子を、僕は、ただ、見つめていた。内藤も黙ってゆき子を見つめていたが、ふとうつむいたと思ったら、今度は彼がしくしくと泣きだした。 「ないとうくん…?…!」 ゆき子が、驚いて我に返える。 「…ごめん!…びっくりしたよね。私…」 内藤は泣き止まない。しくしくと泣き続ける。 「そうですよね…お見舞いも…お別れも…ゆき子さんですら…。僕も…僕は…ただの後輩で…面会も、お葬式も…行けなく…でもそれは当たり前…で…ゆき子さんでも…なのに…僕なんか…」 内藤がしゃくりあげて泣き始めた。 「僕なんか…先輩の…ただの…ただの…」 同じくテニス経験者だったこともあって、特別可愛がってきた自覚はある。でも、ここまで慕ってくれていたとは。 言葉が出ないほどしゃくりあげる内藤をゆき子がじっと見つめている。 「内藤君…きみ…」 そうつぶやくとゆき子は、顔をぐしゃぐしゃにして泣く内藤の頭を自分の胸に引き寄せて抱きしめた。静かに、慈しむように。 とっさに声が出そうになる。窓際に鎮座するネコガミの姿が目に入って思い留まる。そもそも声を出したところで、彼女に僕の言葉は届かない。 僕はただ見ていることしか出来ない。僕の婚約者が、別の男を抱きしめているのに。 ゆき子が僕に気づく。 じっと見つめ合っても、僕の思いが彼女に届くことはない。 「ソーセキ…?」 違う、そうじゃない。僕が呼んで欲しいのはその名前じゃない。僕は2人に背を向けて、再び2階に逃げ帰った。
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