Ⅲ-21 百年の孤独と人間の絆

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 お願いだから、目を覚まして。  ……。  ……。  ごめん。弱気な事言って。  ただ怖くて。  このままずっと目が覚めなかったらと思うと、わたし、どうしたらいいのかわからなくなるんだ。泣くのも笑うのも、死んでしまうのも、君とずっと一緒がいいって前に話した事があるよね。その気持ちは今も変わらない。そうやって君と生きていけたらなってずっと思ってる。  ……。  心臓は動いてる。浅いけど息もしてる。でもこうして呼び掛けても何の反応もしてくれない。バジーリオさんが教えてくれたよ、これは植物状態って言うんだって。いつ目が覚めるかとか、もしかするとこのままゆっくり死んでいっちゃうかもしれないとか、色んな事聞かされて、すごく不安で悔しくて、でもわたしには何にもできなくて。  っ……。  ちょっと、待って。  泣いてるとこ、見せたら悲しんじゃうから……。  ……。  ……。  ……ごめん、お待たせ。  ねえ知ってる? 君が眠り始めてから今日で一年経ったんだ。たった一年でこんなになっちゃうなんて先が思いやられるよね。君が生きてきた百年に比べたら、こんな一年、ほんと、どうって事無いはずなのに。  今は皆がいる。ひとりじゃない。支えてくれるし、励ましてくれる。だから大丈夫なはずなのに。  ああ……もう……。  ……今日は、長く話し過ぎたな、……またしばらく話せないかも。  大好きだよ。  エルネスティー。  マルール。  あなたの声は届いてる。  はっきりと聴こえてる。  でも、体が言う事を聞かない。  口も、瞼も、指先をほんの少し動かす事さえ。  あなたの声に応えたいのに。  こうなってしまったのはマルールのせいじゃない。あなたの気持ちを推し量る機会なんていくらでもあった。私自身あなたに対して色んな想いを抱いて、それを伝えるのが遅くなってしまったから。それがマルールを苦しめてきた事もわかっていた。いつ訊いてもはぐらかすだけで明確な答えを返さない私なんかに、マルールはそれでもずっと一緒にいたいと言ってくれた。  私はただ、自分の想いに自信が無かった。あなたに対して抱く感情がどういうものか理解し難かった。エリクと同じように思われるのが嫌だった事はわかっていたから。それから時間を掛けて自分の気待ちをわかろうとする努力をした。だから気付いたの。  この感情は曖昧で、だけど深くて、温かくて、守っていたいと願うもの。  マルールにしか抱けなかったこの気持ちは、それ以上どう言葉にしたらいいのかわからない。  ……。  あなたと一緒にいたいと思い始めたのはいつからなのか、実は私、はっきりと覚えていないの。いつからか自然と、あなたといる時間を当たり前のように感じていた。その事を自覚したのはあなたが書き置きを残して出て行った時。マルールと一緒にいたい。そのために私は何度もあなたを探しに行ったんだと、そう気付いた。そして同時に永遠であるように、あなたとの時間を終わらせないように、していたのかもしれない。  でもマルール。あなたが教えてくれた。  永遠なんて無い。永遠なんて無いもの。  だからあなたとの時間がいつか終わってしまうものだと気付いたのは少し経ってからだった。けれど、ほんの少しだけ以前とは違った感慨も抱いた。永遠だと思っていたものは私を取り巻く状況じゃない、本当に永遠だったかもしれないのは、弱々しく冷え切ってしまった私自身の心。  この先ずっと変わらない。何があっても終わらない。  そう思い込んでしまうのは、弱ってしまった人間の性なんだと思う。  ……。  マルール、あなたは、この混迷する世界でひときわ強く輝く太陽。私はあなたの輝き無しには、たったひとり思いと惑い(くらやみ)を行ったり来たりするだけの氷の月のような存在。あなたがいるから私は、ようやく私の居場所を見つけられたような気がするの。  マルール、だから、私は。  私は。  ……。  この気持ちだけは偽り無く、永遠だと信じたい。  ……。  根拠なんて無いけれど……。  ……。  ……。  目が覚めた時にこの気持ちを真っ先に伝えようと思う。いつになるかはわからない。だんだんあなたの声が届きづらくなってきている。もしかしたらこのまま本当に死んでしまうかもしれない。この先の事は私にもわからない。長い間望んでいたのに、やがて訪れるかもしれない死が、こんなにも悲しいものだったなんて──。  ……。  ねえ、マルール。  私にキスして。  そうしたら目覚めるかもしれない。お伽噺のように。  ……。  マルール……。  ……。  ……。
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