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目の前には短い廊下があり、弱々しい電気で照らされていた。
右手の居間のドアが開いていて、そこから、灰色の電源コードが出ている。
延長コードの類かもしれない。それは人の首にくい込ませるのに、とても都合がよさそうな細さと長さに見えた。
でも、そんなはずがない。
そんなことが、本当に起こるはずがない。
「三輪」
返事はない。
だが、きっとその居間か、左の自分の部屋に、三輪はいるはずだ。
僕はスカートの紙袋を持ったままだった。
ちょうどいい。これを返してやろう。
そうして、また別のスカートを試着させてもらおう。
これからはいくらでもそんなことができる。
この家からはとにかく出て、それからのことはそれから考えよう。
「三輪」
僕は居間の中を覗き込んだ。
その時見た光景を、僕は一生忘れることはできないだろう。
朝の光が、ほんの一筋差し込んだだけの暗い部屋。
制服姿の三輪が、そこにいた。
しゃがみ込まされた母親と一緒に。
三輪は、廊下に出ていた延長コードの反対の端を握りしめ――これは数本を繋いで、かなり長いコードになっていた――、母親の両手首を後ろ手に縛っていた。
「あら。お早う、上郷くん。……私、思ったより、未練がましい人間だったみたいね」
やはり無表情のまま肩で息をしながら、三輪は、歯ぎしりしている母親を一瞥してから、僕を見た。
「勝ってしまったの」
警察は、もう数分で到着するはずだった。
「三輪。もう着替えさせてくれ。そもそも通報する前に制服を着直すはずだったのに」
「いいじゃない。もう一度ゆっくり見たかったのよ」
例のプリーツスカートを穿いた僕は、母親を居間に転がしたままの三輪と共に、三輪の部屋に移動していた。
「これからいくらでも見られるだろう」
「そうね。時々、施設に会いに来てくれる?」
「時々ではないよ」
「スカートを穿いて?」
「三輪がそうして欲しいなら」
また真顔ね、と三輪が肩を揺らした。
「僕は何年かしたら、美観的にスカートはとても穿けなくなる。今だけなんだ、どの道」
「私見だけど、上郷くんはそうとは限らない気がしている」
……それはどうも。
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