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小さい頃から、僕は感情表現に乏しい子供だと言われていた。
それは、中学二年生になった今でも変わらない。
何度か、あだ名が「鉄面皮」になりそうな危機を回避しているが、時間の問題かもしれない。
ただ、言い訳をさせてもらえば、僕は感情を表すのが下手なわけではない。
表情に出すほど、心の動きを覚えることが少ないというのが、正確なところだった。
学校では特に親しい友達はいないけれど、それを問題だと思ったことはなかった。
人に話すほど大した話題は僕にはないし、人に聞きたい話というのも別にない。
そんなわけだから、冬が近い時期のある土曜日の夕方、僕はいつも通り一人で書店にいた。
隣町で買い物を済ませた帰りのことで、目当ての本があったわけではないのだけど、少し新刊でも眺めていこうと思っただけだった。
その時僕は、先程買い物をした服屋のビニール袋を小脇に抱えていた。
何となく平積みされている本を目で追っていたら、脇腹の辺りで、するりとした感覚があった。
アウターの袖と裾の衣擦れかと思い、その時は気にしなかった。そうして少し歩を進めて文庫本のコーナーへ向かった時、いきなり名前を呼ばれた。
「上郷くん」
その無機質な声には聞き覚えがある。
振り向くと、やはり声の主は、同じクラスの三輪ひづみだった。長い黒髪が、そこここで少しづつ絡まりながら、腰の辺りまで伸びている。常に半眼のような目が、無遠慮に僕を見据えていた。
「上郷くん、これを落としたみたいだけれど」
そう言って三輪が手に持っているのは、確かにさっきまで僕が抱えていた洋服の袋だった。
ご丁寧に、落ちた時のままの姿で捧げ持ってくれているようで、中の服が七割がた露出していた。僕が買ったのがどんな服だか、一目で分かる。
「やあ、三輪。その袋は僕のものではないみたいだ」
「相変わらず、人口音声みたいに喋るのね。でも、これは確かに上郷くんが落としたものよ。私、ちょうど見ていたもの」
「違う」
「どうして」
「とにかく、それを袋の中にしまってくれ」
三輪は、本当に今気付いた様子で、手早く服を袋に入れた。
「ごめんなさい。デリカシーがなかったわね」
僕などよりもはるかに人工的な声音で、三輪が言う。
「いや、そんなことはないよ。とにかく、それは僕のものではない」
「そう。それじゃ、落とし主不明の拾得物として、警察に届けるしかないわね。さよなら、上郷くん」
「待ってくれ、それは困る。その色と形のスカートは、もうその現品しかなかったんだ」
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