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その言葉に勇気づけられて、僕は部屋の中に全身を入れた。
「よく似合っているよ。上郷くん、足きれいなのね」
少し開いていた窓から、晩秋の風が柔らかく吹き込んできた。
「……凄い。裾が、僕の足でひらひらしてる。風が通って、くすぐったい」
「風の感じ、いいよね。穿き物としては、少し頼りないけど」
頼りないどころではなかった。自分が恐ろしく無防備な格好をしている気がして、足を踏み出すのもためらわれる。
「上郷くんのそれ、剃ってるの?」
「ああ。昨日のスカート、穿く予定だったから」
「足白いのね。羨ましい」
「三輪だって」
「よければあげるよ、それ。スカートも、穿いてもらった方が嬉しいだろうし」
「自分だって着ればいいじゃないか」
「そうなんだけど、私、もうすぐ死ぬから」
突然そう言われ、それまで高揚していた気分が、すっと冷めた。
「何だって?」
「もうしばらくしたら、私、死ぬの」
「……三輪は健康に見えるけれど」
「病気じゃないよ。殺人」
三輪は、窓へ寄った。そこには、黄色と黒で彩られた足の細い蜘蛛が、素を張っている。
三輪は机の引き出しからピンセットを二つ取り出すと、その蜘蛛の頭と、尻の辺りをそれぞれつまんだ。蜘蛛がもがく。
「三輪?」
そのまま、三輪は蜘蛛の体を引きちぎった。
「普通こういうの、気持ち悪いよね。でも私、やっぱり何も感じないの。私の命だって、こんな虫と同じようなものだからかな」
「三輪。座ってくれ」
しかし三輪は立ったまま、ちぎれた蜘蛛を見下ろして、呟いた。
「お母さんの宗教、子供がいると、その子供が十四歳になるまでに納めないといけないお金があるのだけど。うちは、どうしたってそれが払えないの。その時は、子供を死なせなくてはならないんだって」
他人事のように言う三輪に、僕は思わず詰め寄った。
「三輪。それは、本当にそうしないといけないわけじゃなくて」
「分かってる。お金を作らせるための理由付けでしょう。でも、お母さんはそう思ってない。今繰り返してるあの言葉も、私が入滅ーーって呼ぶそうなんだけどーーするための準備らしいよ」
だっきに、だっきに。
段々と聞き慣れてきていたはずの居間からの声が、吐き気を催すほど不快に響いた。
「私は、小さい頃からずっとそう言い聞かされていたの。おかしいとは思う。でも、私にとってはそれが当たり前だったから。ああ、お金は作れなかったな、だから死ぬんだな、というだけ」
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