プロローグ

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プロローグ

 のちにアイドルとなる女の子の、子供時代に知り合えたら? という妄想とかしたことないか?  大人になってからでは、とてもお近づきできないが、もし子供の頃からの付き合いだったら、自分にもチャンスがあるのではないか? と思ったことがある。  俺はそんな事態に遭遇している。  お盆も終わり、夏休みも後半戦。日曜日の昼下がり。『 だっちゅーの』という言葉が世間を賑わしている年。  俺は一人で、後に東京ドームシティと名称が変わる、後楽園ゆうえんちのヒーローショーをぼんやりと見ていた。  中学生にもなって、ヒーローショーかと、人の目を気にしないでもなかったが、時間を潰すにはなかなかの場所。  一人で乗り物待ちするよりは目立たないかなと、俺はヒーローショーをひたすらボーッと見ていた。 「お母さんの言うことを聞かない悪い子を、我々の一員として迎えよう」  ステージ上では、何人かイケニエのちびっ子を悪者たちが誘導しだした。  ちびっ子達は、途端にキャーキャー騒ぎ出す。 自分もあれヤラれるの嫌だったなと、見ていると。 「ギャー!」  ちびっ子の叫び声とは違う、ちょっと年がいってる奇声が近くから聞こえた。  誰だと気になって奇声が聞こえた方を見ると、見た目は俺と同年代と見える女の子がいた。  ん?  普段なら奇声にそこまで気を止めないが、チラリと見えた顔に何か引っかかりを覚える。  どこか見たことがあるような横顔。  もし知り合いだったら、こんなとこ見られたくない。速やかに逃げないと。  腰を浮かしかけた俺をよそに、ショーは順調に進んでいく。ステージ上に引っぱり出され、泣きそうになる子どもたち。  待てぇいー! と、悪役を止める為に、会場内を走るジェットコースターから飛び降りて、ギンガレッドが登場。  その演出に拍手が響いた。 「ギャー! レッドォー!!」  同年代であろう女の子は、立ち上がり、さらにはデカい声で黄色い声を上げた。  うるせーなと、今度はその女の子をはっきりと見た。  俺はその子をしばらくガン見してしまった。  何故ならその女の子は幼いながらも、とても綺麗だったから。  右手を上げて、笑顔いっぱいの表情が、生き生きとした美しさを表している。  きっと普通に生きていく上では、俺には一生付き合えないだろうなぁと思えるくらい、綺麗だった。  前回の30年弱の人生では、こんな容姿の子とはついぞお知り合いになれなかった。  脳みそ詰まっているのか聞きたくなるくらいの顔の小ささと、バランスよく配置された顔のパーツ、そしてぱっちり二重の大きい目。  テレビに映るような人と、遜色ないくらいに見た目が整っている。  一瞬、声をかけようか悩んだ。  だって凄いキレイだから。こんな子と制服デートしたかったなぁ。  本来の、中学生の自分なら、知らない女の子に気軽に声なんてかけられない。  ナンパなんて、以前はそんなことをやるヤツとは、絶対友達にはなれないとまで思っていた。  でも二度目の人生。一度目とはなるべく違う自分を試してみようとも思っている。  チラリともう一度見ると、さきほどのテンションとは打って変わって、その女の子は座って、ヒーローショーを見ていた。 「あー、もうなんで、バルバン(悪役の組織)うざいのぉー。でも、バルバンもかっこいい」  デカめな独り言も呟くくらい、熱中している。  うかつに話しかけて、ショーを楽しんでいるのを邪魔しては悪い。  折衷案として、このヒーローショーが終わってから声をかけようと、俺は心に決めた。  ヒーローショーが終わりに近づく。  悪役とギンガマン達の、ステージ上での格闘が始まった。  ギンガブルー(照英の設定)の動きがよい。 「ギャー! か、かっこ、かっこいいー!」  女の子は益々テンションが上がっており、また立ち上がり腕をぶん回している。  ギンガブルーの動きを追いながら、チラチラと女の子を盗み見ていると、既視感の正体というか、その女の子が誰かわかった。 (わかった! きょうこだ)  『きょうこ』とはサブカルを代表するアイドルとして、後に芸能界で活躍する女性タレントである。だからどこか見覚えがあったのだ。  オタクカルチャーや、サブカルでは確固たる地位を確立し、10年以上芸能界の第一線に立つ、なかなかの女性タレントである。  そのきょうこがここにいる。  でもこの時点では、まだ戦隊ヒーローを見るただの少女でしかない。 (待てよ。もしかして)  邪な思いが俺の頭をよぎる。 (じゃあこれはつまり、声をかけてうまくいけば、青田買いってやつだ)  まだタレントになっていない、のちにタレントになるくらいの美少女と知り合いになる。お近づきになれる。  もしかしたら、きょうこと付き合えるかもしれないし、友達になったとしても俺に凄くメリットがあるだろう。  女の子は自分と同じレベルの容姿の子とよくつるむ。  そんな女の子達を、紹介してくれるかもしれない。  さらに凄くうまくいけば、きょうことお近づきになって、働かなくてもよくなる身分になれるかもしれない。  つまりはこれはチャンスだ。ナンパの経験が出来て、かわいい娘と付き合える可能性があり、さらには将来のリスク回避につながるかもしれない。  せっかくのチャンス、勇気を出すに値する価値があることだと、俺は再度心を奮い立たせる。  ショーでは、最後に5人での必殺技を繰り出して、悪役を一掃する。 「ホォォォウ!!!」  ステージ上の軽い火薬爆発演出に、きょうこのテンションが最高潮に上がる。  パチパチと拍手がおこる。ショーは無事終幕となり、忘れ物をしないで帰れと、アナウンスが会場に流れる。  きょうこはさっきまでのテンションが嘘のように、席に大人しく座った。  ちびっこ達は後楽園ゆうえんちで僕と握手してもらおうと、ステージに向かって、並びだす。  きょうこは立ち上がることなく、席に座ったままだ。さすがにちびっこ達を押しのけて、並ぶことはしないらしい。  ボーっとしている。声をかけるチャンスだ。 (話しかける。俺は変わるんだ)  心臓がうるさい。  本当は30過ぎのいいおっさんのはずなのに、女の子に話しかけるだけで、こんなに緊張するとは凄く情けない。 「いやー、楽しかったー。サイン欲しいなぁー。結婚してくれないかなー。刹那の瞬間だけでいいから、抱きしめてトゥナイトしてくれないかなぁー。ギンガレッド、ジェットコースターから飛び降りて登場とか、まるで神の所業ですよ」  誰かに話しかけているのかと思ったが、きょうこの独り言だった。  抱きトゥナとか言葉のチョイスのレベルが、さすがアイドルオタクでもある。  割と周りに聞こえる声量で、誰に対してかはわからないが、喋り続けている。こいつヤベー奴かもと、若干ヒく。  でもこんな機会、絶対ないし。 「あ、あの!」  俺の呼びかけに、独り言を繰り出しまくっていた、きょうこと初めて正面から目があった。  正面から見ると、さらに可愛い。  髪型はショートカット。テレビではロングか、大人のボブスタイルの髪型しか見たことない。小さい顔には不釣り合いな、大きい目に吸い込まれそうだ。芸能人になるのも頷ける。 「あ、あのさ」  次の言葉が出てこない。  きょうこも、こちらを見たまま固まっている。  さっきまで超うるさかったのに、まったく喋らない。  きょうこ、ここでは空気を読んでいる。 (声が出ない。何を言ったらいいのか、わからなくなってきた) 「あ、あのぉ、そのですねぇ」  たっぷり5秒くらいたった後。 「一緒に、遊ばない?」  俺はなけなしの勇気を出した。  もっと自然な言葉は出なかったのだろうか? キモいだろうか? そんな不安に猛烈に苛まれる。緊張のしすぎか、視界がブレる。  結果だが。  長い沈黙ののちに。  この時代のちょっと前に流行った、金田一少年の事件簿のドラマの演出みたいに、堂本剛が、犯人は! って言った後、登場人物の顔が全員写っていく演出ぐらいの時間が経ったあと。 「うおぇえぇえええええぇ!!」  きょうこは吐いた。  年長者組が去って、若い社員だけで行われた二次会の終わりみたいに。  それはもう壮絶に。  俺は目の前の出来事に、一瞬思考が停止したが。すぐさま理解した。 (相当キモかったんだろうなぁ)  吐くほどにキモい。俺の誘いはそんなキモかったのかと。  キモさでいえばひとかどの、どこに出しても恥ずかしくない、一人前のキモさではなかろうか。 「うわぁぁ、ゴメン! 医務室行って、お医者さん連れてくる!」  俺はパニックになりながらも、自分がしでかしたことの責任を取ろうと、医務室へ走り出していた。  この頃のめちゃイケの岡村隆史みたいな躍動感で走り、医務室に駆け込んだ俺は、 「すいません! 女の子が急に吐いてしまって、今すぐ来てください!」 「意識はあるの?」 「ありますから、すぐに来てください!」  そう言って、係員の人を連れて現場に戻ると。  そこにはゲロ跡だけがあり、きょうこの姿は影一つ見当たらなかった。 「女の子は?」 「いや、いたんですけど…」  俺は途方に暮れた。これは、まるで病人いるよといって、俺が人を騙して連れ出したみたいではないか。  詐欺だ。もうすぐ、ポケモン金銀でるらしいよ? という話と同じである。  平謝りして、係員さんを帰すと、別のスタッフの人と一緒に掃除をした。  そのスタッフの人からは、いいから遊んできなよと言われたが、俺はスタッフのお兄さんに余計な仕事を増やしたことに罪悪感を抱いていたので、ひたすら、おが屑をゲロ跡に振りかけ、掃除を手伝った。  掃除が終わると、もう夕方。園内の時計を見ると、午後5時に近い。 「帰るか」  非常に疲れた休みだった。  夏休みに勉強しかしていない自分に、両親は新聞屋から貰った後楽園ゆうえんちのチケットをくれた。  友達を誘えば? と言われたが、中身はおっさんの自分に誘えるような友達はいなかった。  でも行かなければ親に怪しまれてしまう。だから一人でとりあえず後楽園に来たものの、何もすることがなかった。  乗り物も一人だとつまらなかったし、終いには彼女出来るかもと色気を出して、色々な人に迷惑をかけてしまった。 (せめて後楽園ゆうえんちじゃなくて、ラクーアになってれば、温泉とか入れたんだけどなぁ)  この時はまだ遊園地。後日に後楽園ゆうえんちから変わるラクーアなら自分でも楽しめたのになぁと、思ってしまった。  後楽園のチケットじゃなくて、チェーン店の中華料理屋の大盛り無料券のほうがよかった。財布に入っているだけで、結局使わないけど。  出口に向かって歩いていると、何処かから視線を感じた。  見ると、きょうこと見知らぬおばさんが二人連れで目の前にいた。 「あ」  知らない間に、口から声が出ていた。  きょうこはじっとこちらを見ていた。  逃げ出しといてなんだよ、という気持ちが浮かんだが、 (このままだと、さっきの出来事がこの子のトラウマになってしまわないだろうか)  と思った。  見た目は中学生だが、俺はそれなりに人生経験をしている。  思春期に異性に話しかけられて、吐いてしまったという経験は、きっと、きょうこの人生に後を引くと思う。  自分だったら、間違いなくトラウマになる。 こう見えても俺はいい歳だ。だから俺が大人になろう。 「あのさ。さっきは急に話しかけて嫌な思いをさせて、悪かったよ」  さっきとは違い、自然に話しかけられた。  印象が悪いままで終わらせるのは、やめようと思ったからかも。  思いっきり愛想笑いを浮かべる。  かつての営業経験で培った技術だ。  といっても、社内表彰とかはとったことがない拙い技術だから、無理をしているのもわかってしまうかもしれない。でも対人において、笑顔と仏頂面では与える印象はかなり違う。 「実はさ、俺、友達がいなくてさ。一緒に遊んでもらいたくて、それで声をかけたんだ。なんかナンパみたいになっちゃったね。ごめん」  きょうこは俺の言葉に、何も返事をしなかった。  反応としては、おばさんと手をしっかりとつないだ。それだけだった。 「とにかく、ごめんね。じゃあ」  その行動が俺への答えだと思ったから、そこで会話を打ち切った。  出口へ急ぐ。傷ついていないと言うと、嘘になる。  でもこれはいい失敗だ。きっと俺への血や肉になるだろう。それだけでもここに来た甲斐があった。そう自分を思い込ませる。 「あの」  小さい声が聞こえた。  驚いて聞こえた小さい声の方を見ると、きょうこがこちらをまっすぐと見ていた。  彼女が俺に呼びかけたことは、間違いないだろう。  ヒーローショーを見ていた時のテンションとは、まるで違う。静かなものだ。 「あ、あの、ポケモン、や、やりますか?」 「う、うん。ゲームボーイもソフトも持ってるよ」  スーパーゲームボーイでは、俺はポケモンをやっていない。  この時代、ポケモンは大ブームだった。  アニメ、ゲーム、マンガ(ピッピが主人公)の各メディアで表現され、全てが大ヒットとなるくらいに。  ちょっと前のたまごっちと同等か、それ以上の社会現象を引きおこしていた。  その影響は子供たちだけでない。1997年のサラリーマン川柳では、ポケモンを題材にした川柳が2つもトップテンに入っている。  そういえば、きょうこは後にポケモン映画の声優とかやってたなぁ。ポケモン好きなのかもしれない。 「あ、あの。もしよかったらだけど。じゃあ、今度、対戦しませんか? ら、来週この時間ここで」 「お、おおぅ。わかった」 「私も逃げちゃってごめんなさい。なんか、混乱しちゃってたから」  きょうこはうっすらと笑顔を浮かべた。 「来週ですよ。10時くらい。待ってますからね」 「うん。じゃ、じゃあ」  約束を交わすと、俺は後楽園を逃げるように出ていった。  逃げるように遊園地を出たのは、恥ずかしかったから。  自分の顔が赤くなっているのがわかる。凄く恥ずかしい。 「いやぁー、言ってみるもんだ」  強がった独り言。俺は動揺する自分を落ち着けるように、斜に構える発言をしてみた。  でも口調が震えているのは、自分でも気がついていた。  逃げるように後楽園ゆうえんちを出てきてしまったが、そこに留まって細かい約束を詰めてもよかったのに。  だってまた後楽園ゆうえんちに来なければならないではないか。また入園料を払わなければならない。  それだけではない。もっと状況を有利する色んな手があった。  でもそんな冷静な判断が下せなかった。  とにかくすぐに、その場を離れたくてしょうがなかった。  きょうこと話せたことの動揺が、自分に冷静な対応をさせなかった。  しかし、来週遊ぶ約束をした。  きょうこの笑顔が可愛かった。  だんだんと顔がにやける自分がいた。
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