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どの車も、選び手続きをしに来るのは津久井だけ。
完璧に用意された書類に、念のため記入漏れがないか二人で最終チェックする。
その際うっかり
「あ、この芸能事務所、人気芸能人が多いので有名ですよね?」
と言ってしまった。
津久井はガラスのテーブルの上に身を乗り出し、
「佐竹さんの好きなタイプ紹介しましょうか?ワンコ系?それともオジサマ系?」
と囁いた。
私は思わず書類から目を上げ見返すと、彼の冷たい瞳にぶつかった。
その余りに感情の抜けた、だが探る様な視線に
「あ~どっちも結構です。今、恋愛してる余裕ないんで」
と真顔で答えた。
津久井は元の位置に戻り、接待用の珈琲を口にすると、晴れやかな笑顔で
「道理で乾いてると思ったわ~」
腹立つ~!!
人の私生活まで首突っ込むな!と私は負けじと爽やかな笑顔を返した。
そう、本当に余裕がない。
私は伯母の治療費を捻出しているのだ。
昨年園は閉園し、伯母は雀の涙程の退職金を貰った。長年勤務してきた園を去った夜、
「もう子ども達の声が聞こえなくなるのが残念」
そう電話越しに話した静子さんの声が本当に寂しそうだった。
日々の張り合いを無くしたせいか、伯母は体調を崩した。治りの悪さに大きな病院で精密検査をしたら、病気が発覚した。
先日帰省し私も主治医の話を一緒に聞いた。
「遺伝性のものではないのね、安心した」
こんな時も私の身を案じ、微笑む伯母が痛ましい。
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