拾う

1/2
前へ
/2ページ
次へ
「名無しさん、いつもご苦労様です! また見かけたら、宜しくお願いしますね」 警察署のカウンターへ落ちていた鞄を置くと、俺は返事もせずに出て行った。 名無し権兵衛(ななしごんべえ)。 これが俺の名前である。 嘘だと思うだろうが、本当だ。 ガキの頃、クラスの奴らからよく「名無しの権兵衛だ!」とからかわれたものだが、あまり気にしていない。 現在52歳の独身。 絶賛ホームレス生活中の俺は、毎朝収集したアルミ缶を金に換えた後、いつも決まってやっている事がある。——落とし物探しだ。 落とし物探しは、俺の唯一の娯楽だ。 まだ両親が生きていた頃、よく家族で宝探しをやったのだが、見つけたときのあの感動と言ったらない。 落とし物を発見して幸せな気持ちになれるのは、持ち主か、邪な心の持ち主か、俺ぐらいだろう。 しかしそれ以外にも、もう一つの理由がある。 道を歩いていれば色んな落とし物に出会うが、そこでは人の人生を垣間見ることが出来る。 農道の脇に年賀状の束が落ちていれば 「ああ。探し回ったものの、家がどこか分からなかったのか。こうやって色々なことを諦めてきたんだろうな、この人は」 といった具合に。 そしてそれを俺が拾う。 大袈裟に言えば、人生の落とし物を俺が救い上げ、然るべき場所まで持って行く。 俺はこの一連の流れを体感して初めて、自分が卑しいホームレスであるということから解放されるのだ。 さて、明日は誰の人生を救ってやろうか。 俺はいつものように、適当に街中をぶらついていた。 山に取り囲まれた寂れた商店街を抜けて、歩行者の歩くスペースなど端から用意されていない道路を歩いていく。 今日は随分歩いたな。膝が痛くなってきた。 俺の横を、赤いポルシェが唸り声と共に猛スピードで駆け抜けた。 ——カランカラン。 軽い金属音がして、反射的にそちらへ顔を向けた。 黒いタイヤの跡が残る道路の真ん中に、大きなごみ袋が落ちていた。 中には沢山の空き缶が入っている。 「あの車、窓からゴミを捨てるとは……」 こんな道の真ん中にもっさりした物があっては困るだろう。 それに落とし物といえば落とし物だ、俺が拾ってやろうと思って、袋を持ち上げた。ゴミ袋の中身がガラガラと五月蠅く音を立てる。 意外にもそれは重たく、思わず後ろへ仰け反った。 俺は腰痛持ちなのだ。 これ以上の落とし物は拾えない、さあ今日は帰ろうとした時だった。 突然の尋常でない力によって、俺は空へと引き揚げられた。 急な事で体が強張ったのが幸いし、空中で袋から手を離すという最悪の事態は免れた。 既に電柱の高さを優に超えている。 「一体どうなっているんだ?」 上を見ると、何かがキラリと光ったのが見えた。 半世紀も生きてホームレスの俺が、唯一自慢出来ること、それは視力だ。 なんと3.0もある。こんな人間滅多にいまい。 とにかくその眼力で光ったものを見ようと、俺は顔を向けた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加