ニコ・ナタルーシャ

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ニコ・ナタルーシャ

歳末のナヴァランは人ごみで溢れた。    剥がれたまま風化した外壁や、路地裏にたむろする 物乞い達が、大戦の爪跡を痛々しく物語る。 けれどそれすらも情景の一部にしてしまう程に、 この街は懐深かった。  祭りの盛況は華やいだ高町を通り抜け、末端の貧民街 にまで及んだ。建ち並ぶ露店には盗品や贋物が 売り出され、見世物小屋や競り市には大陸中から多くの来訪客が詰めかけた。    辺りからはどこからともなくパンや酒や肉や焦煙の 香りが立ち込め、街を淡くぼやかすように包んだ。 「……んのガキっ、待ちやがれ!!」 『へへっ、毎度あり』  ニコ・ナタルーシャもまた、そんな街の喧騒にひと さじ加える様に、忙しない大通りをひた走っていた。 ――ニコは何も持っていなかった。 物心ついた頃から親も家も金も無く、『ナタルーシャ』の名前すら、以前に街を訪れた旅芸人が名乗っていたのをそのまま頂戴しただけのものだった。 そんなだから、目の前にが置かれれば、盗む。  そこにためらいや罪悪感などは、あるはずもなかった。  追いかけるチンピラ風の青年達は剽悍として見えたが、雪道と人波にはばまれ、慣れた足並みで絹でも縫うかのようにかき分け進む少年との距離は、三人がかりでも一向に縮まらない。 『バーカ、捕まんねーよ』  言い放ったニコは、得意げに顔をゆるめた。 油断――とも受け取れる行為だったが、こうも思い通りにことが運び、祭囃子(まつりばやし)にも当てられてしまっては、(おご)りも無理からぬことだった。  追っ手との距離は徐々に広がっていき、十馬身ほど差のついたところでニコは足を切り返し、近くの路地へと進路を変えた。  それもいつもの手筈通りだった。相手と十分な距離を空けれたら、そこから目につく最も近い小道へ入り込む。用水路が几帳面に張り巡らされたこの街は、それだけで追跡を困難にさせる造りになっていた。  身寄りのない少年が10年も飢え死にせずにいられたのも、ひとえに この街の――ということだった。
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