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「もういい加減にしてよ」
ハンドルを握り、苛立った声で忍は言う。
「何が?」
嶋が聞き返す。彼は助手席で必死に笑いを堪えているようだ。
「わかってるからね。おれを口説く為に毎日お酒飲んでるって」
「酒は好きで飲んでるんだ。それに仕方ないだろ? こうでもしなきゃ、お前と二人っきりになれないんだから」
吐息混じりの、まるで囁くような嶋の声にぞくりとさせながらも、忍はさらに苛立ちを覚える。
「前も言ったけどね。おれ、嶋さんとは無理だよ」
「ふうん。あいつならいいのか?」
嶋は親指を立てて、後方を指差している。嶋の車のすぐ後ろには、静矢の車が追って来ていた。
「……そう言ったじゃん」
「無謀だな。万が一、あいつに抱いてもらえたとしよう。でもそれは嫁さんの面影をお前に重ねて、身代わりにされてるだけに過ぎない。どのみち終わるぞ。やめとけ、やめとけ」
嶋はそう言うと、忍を茶化すように笑った。
「ほっといてよ! おれはおれの気の済むようにしたいだけなんだから」
「よし、わかった。じゃあその代わり、オレのことももう放っておいてくれるか。オレはお前を振り向かせたいだけなんだからな」
あぁー、ムカつく……。
忍は苛立ちながらも嶋の言葉を無視する。この嶋という男は、本当に口の減らない男なのだ。もしも揚げ足を取るとか、あー言えばこー言う選手権みたいな大会があったら、日本一になれるのではないか、と忍は思っていた。
「しかし長い片想い続けてるよなぁ。いい加減飽きないのか? もうかれこれ八年くらい経つんだろ?」
「仕方ないでしょ。何年経ったって、好きなもんは好きなんだから……」
自分で言ったくせに、頬が急激に火照って熱くなっていく。
「くそー。それをオレに言ってくれればなぁ。オレ達は一瞬でハッピーエンドになれるのに」
おあいにく様。忍は心の中で嶋にそう返した。忍は大学の頃、アルバイト先で知り合った静矢に、長年片想いを続けている。初めてのアルバイトでガチガチになって緊張していた忍に、仕事を一つ一つ、丁寧に教えてくれた静矢は、魅力的な好青年だった。背は高くすらりとしていて、笑顔が爽やかな第一印象にまず初見で惹かれたのはもちろん、彼はそれに加えていつも落ち着いていて優しく、頼りがいがあって、一緒に仕事をしていると無条件に安心できる存在だった。忍はそういう静矢をすぐに好きになってしまった。
あの頃は静矢さんとよく遊んだなぁ……。
学生の頃は静矢と一緒にいることが多かった。くだらないことで笑い合える彼と一緒にいるのは楽しかったし、傍にいられるだけで嬉しかった。
忍は元々、自分が同性愛者だということを早くから自覚していた。だが、それまでは誰かを好きになっても、単なる憧れとか、少し気になる程度で、はっきりと他人に対して恋愛感情を持ったことはなかったのだ。ただし、今から思い返せばそれは、叶う可能性の低い気持ちを自分で抑え込む癖がついていただけ――だったような気もする。それなのに、静矢への恋心は抑えようとすればするほど、募っていくばかりだった。
忍の片想いは、不安である一方で、幸せでもあった。傍にいると、どうにかして静矢と恋人同士になりたい――と欲が出てしまう時もあったが、そこはやはり難しいことだと理解してはいたし、今は近くにいられるだけ幸せだと、その頃は本当にそう思っていた。
ところが、ある日。姉の茜から「静矢と付き合うことになった」と聞いて、忍は今までのすべてを一瞬で後悔したのだ。
仲良くならなきゃ良かった。
好きにならなきゃ良かった。
早く、好きだって言えば良かった……。
そんなことを思ったところで、もう何もかもが遅かった。それからは、幸せそうな二人に祝福の言葉をかけるのが精一杯で、無理やりに笑顔を作って話すのは本当に辛かった。あの頃はよく泣いたし、静矢を想うといくらでも涙が出た。静矢の傍にいられればそれでいい、と思っていた忍の中の淡い恋心は、いつの間にか、静矢を独り占めしたいという独占欲が混じった、強い想いに変わってしまっていたのだ。忍はその時、やっと自分の想いの強さに気付かされたのである。
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