紫蘭の花詞

10/24
前へ
/24ページ
次へ
そして、その後、体調が良くなった小梅は、一見元通りになった様に見えた。 太陽が昇り切っていない様な朝から起きて山へ入り、散歩がてら朝ご飯に使える様な山菜などをとって戻って来たり、取り壊された家の跡地に赴いてその畑の雑草を抜いてみたり。 時には花を摘んできて、彩夢や俺の母親に贈り物をしたりもしてて、何だか、「今まで通り」という言葉がぴたりと合致する様な……そんな調子だった。 違っているのは、その瞳の色だけだった。 桜が散って、葉が茂る。 物の輪郭が濃くなって、蝉が鳴く。 夕陽を落ち葉が(かたど)って、金木犀が甘く薫る。 全部の命が眠りについて、そして地面は白く染まる。 凍った雪の隙間から、光を求めて希望が芽吹く、そんな春の始まりの日。 瞼の裏でちらちらと煌めく朝陽から逃れようと、布団の中に潜り込む。 自分の熱で温まった布団の中は、天国みたいにあたたかい。そんなぬくもりに身を包んで、もうひと眠り、と夢に身を任せようとした時だった。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加