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「おい、名前呼ばれたら返事くらい、」
しろよ、という3文字は、喉の奥に落ちて行った。顔を覗き込んで、ハッとした。
小梅の瞳は、淡い――……紅色。
桜が舞い散るあの庭を閉じ込めた様な、そんな色彩。
硝子玉の様なその瞳に、俺は映っていなかった。どれ程、その名を呼んでも、瞬きひとつしなかった。
「――……っ」
どうしたら小梅が戻って来るのか分からなくて、そっと、その頬に触れた。酷く、熱い。
「小梅、おい、……お前、熱あるぞ」
慌てて、額に手を当てた。直ぐに俺の手のひらが熱くなった。
「母さん! 小梅、熱ある、」
首を部屋の入り口に回してそう言った途端、小梅の姿勢がぐらりと歪む。咄嗟に腕を出して支える。ぐにゃり、と柔らかな身体が、俺の胸の中に倒れ込んできた。
鼻を掠めた甘い香り。小梅の、匂い。
――……何だ、これ。
どくん、どくんと脈打つ心臓。ドッと体温が上昇する。こんな時に、何で、こんな。
「――……っ、」
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