1.気がつくと9歳の男の子?!

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1.気がつくと9歳の男の子?!

「フェリックス! フェリックス! あぁ、私の可愛いフェリックス。どうか死なないで!!」 「しっかりなさってください、お坊っちゃま!!」  高熱に浮かされ、涙で歪む視界に複数の人影が揺れる。ズキズキと鋭さを増し痛む頭は次第に意識が混濁してくる。  僕は死んでしまうのだろうか?  家族の呼ぶ声も部屋を出入りする人々の音も遠く聞こえる。  あぁ……このまま死んじゃうの? まだ、死にたくない……っ!  若干9歳の幼いフェリックスの命は今夜が山だとフェリックスの両親に医者が告げるその言葉も彼の耳には届かず、ヒュゥ……ヒュゥ……と苦し気な浅い呼吸を繰り返し、少年は意識を手放した。   ◇◇◇◇◇◇◇  私は享年26歳。  死因はアナフィラキシーショック。まさか、自分がアレルギーを持ってるとは死ぬその時まで知らなかった。死んで初めて知ったが、私は「食物依存性運動誘発アナフィラキシー」というものを持っていたらしい。  特定の食物を食べてから運動をした時にだけ起こるアナフィラキシーで、それにより血圧低下及び意識混濁、呼吸困難で心臓が止まったのだ。  私は両親と弟三人との六人家族。  それほど裕福な家庭ではなく、両親は共働きで私は働く両親に代わって小学校高学年の頃から家のことをやりはじめた。  最初は掃除、洗濯から初め、慣れてきた頃に簡単な料理を作りだし、中学を卒業する頃には家事の全てをこなすようになった。合わせて弟たちの世話も焼き、まさに小さなお母さん状態。  高校に入る頃には自分の分と両親の分のお弁当を作り、バイトもした。本当は中学を卒業したらすぐ働くつもりだったのだが、それは両親に泣いて止められた為、渋々高校進学した私だったが、学校生活は意外に充実していて楽しかった。  友人達が進学を選択する中、私は迷うことなく就職を選んだ。友人たちや先生方は進学しない私に勿体無いと言ったが、親友のめんちゃんだけは応援してくれた。  早く働いて、稼いで、両親の力になりたかった。  慎ましくも何不自由なく、弟たちに美味しいものを食べさせてやりたかった。  就職した町工場の事務員の仕事はお給料はとても良いとは言えなかったが、まだまだ学生の弟たちの世話の事を考えると残業がなく、勤務時間が安定していたこの職場は私にとってとても良い生活サイクルの主軸となり、年を重ねるごとに少しずつ良い波に乗ってきた矢先だった。    あっけなかったな。  でも、全力でなんでもやってきたつもり。太く短く詰まった人生だった。  ……だったけど、まだ、何かできたんじゃないかと思ってしまう。  両親にもっと優しくできたんじゃないか?  弟たちにもっと色んなことを教えられたんじゃないか?  友人ともっと良い時間を過ごせたのではないか?  今さら、そんなことを悔いても後の祭りだ。  暗く冷たい空間に浮遊しているような感覚。  ーーーもし、出来るならばもう一度ーーー  私は、静かに閉じていた目を開いた。  ◇◇◇◇◇◇◇  目が覚めると、見知らぬ天井があった。  ゆっくりと緩慢な動きで瞬きを繰り返すと、ぼうっと頭の奥の芯の方が痺れているような変な感覚に目の奥がチカチカとし、ベッドに横たわっているはずなのに、ぐらぐらと揺れているような気さえする。  喉はカラカラで口の中が張り付いていて、粘りのある唾液が喉に引っ掛かってるようで気持ちが悪い。 「お坊ちゃま? お気づきになられましたか!」  若い女性の声に、そちらへ向くより先に大きな声で旦那様! 奥様! と叫びながら声を掛けてきたはずの女性は飛び出して行った。 (お坊ちゃま…………? あの人は何を言っているんだろう……………)  思考の上手く回らない頭で、ぼんやりと思いながらゆっくりと視界を巡らせ、思考も巡らせる。  いわゆる西洋風の広い部屋は私の家の二部屋分を軽く越えている。お高そうな家具たちは同じ木材を使い彫刻が施され、絨毯の敷かれた床にふかふかのベッド。ベッドは大人が二人寝ても余裕がある程広い。  私の家とは全然違う知らない部屋――――いや、知っている。私はこの部屋を知っている!  急激に思考の輪郭がハッキリとしてくると、私は目を大きく見開いた。  ここは、グリーウォルフ男爵家の長男、フェリックス・グリーウォルフの私室。  私は、私の今の名前は、フェリックス・グリーウォルフ。  9歳までの記憶と、突然思い出した前世の記憶は幼くおまけに病み上がりの脳と身体には負荷が大きすぎた。  ズキズキとした頭の痛みと共にやって来た猛烈な眠気にフェリックスはその身を委ねた。
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