永遠の山口絵梨花

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(東京ってこんなもんだったっけ?)  青山通りを歩いて家族に道案内しながら、周囲に立つビルの山々を見て、そんなことを感じた。  街中を着飾るポスターや幟などを見て、2年後に開催される東京オリンピックに日本全体が色めき立っているのは分かる。  しかし北京の方が壮大だった気がした。  細身だがボブヘアはすっかり白髪になった妻、まだ髪が黒い20代の息子夫婦、幼い孫娘の3世代で、私は来日した。  傍からは特に変わり映えしない、地方から東京に来た旅行者の家族連れか現地の日本人一家に見えるか。  だが、話し声で日本人じゃないとバレる。  妻と息子は慣れ親しんだ広東語で会話する。香港で生まれ育った妻と息子は日本語をほとんど喋れない。息子の妻は北京出身だから北京語が母語で、息子は母と自分の嫁で、言語を切り替えている。孫はもう完全に北京語だ。  北京語と広東語の違いは説明しづらい。英語とオランダ語の違いは関西弁と関東弁ぐらいの違いでしかないから、例えるなら南北に別れた韓国と北朝鮮のハングルぐらい違うだろうか。互いに自分達のハングルの字幕で補わないと、南北で話が通じないという逸話を以前聞いたことがある。  ただし、日本に来たら、北京語も広東語も全て『中国語』で一括りにされる。私や息子が言語を切り替えている苦労など、誰も知ったことではない。  黙っていれば分からないのだろうが、私達は話し声で中国人旅行者と気付かれた。道行く人が私達を通り過ぎる毎に、冷たい視線を私達に与えるのを見て、私はそう感じた。私以外は誰もそんなこと気にしないが。  私は予定通り、表参道駅が地下にある交差点辺りにまで、息子夫婦を案内した。  尚ここでの会話は全て広東語だから、あくまで意訳である。この日本語訳を広東語に直訳し直すと、意味が通じなかったり、言葉として不自然になることはご容赦頂きたい。 「この辺りが表参道だ。後はスマホの地図アプリで分かるだろ?」  息子に言うと、息子は頭を下げた。 「ありがとうございます。お父様もお気をつけて」 「ありがとう、楽しんできてくれ」  中国の環境で育った息子は、父親に対して実に礼儀正しい。自分が同い年ぐらいの時はもっと幼かったが、息子は弱冠28歳で中国の大企業で管理職も勤めている、非常に優秀な男だ。  息子の妻は私達に頭を下げ、孫娘は私達に手を振ってくれた。  私は息子夫婦と別れると、運良くすぐに通りかかったタクシーを拾って、妻と乗り込んだ。 「どちらまで?」 「黒羽(くろばね)総合病院へお願いします」  タクシー運転手に日本語でそう言ったのは妻だ。  通じることには通じたが、私は恥ずかしい。  イントネーションで中国人と確実にバレる。  私は差別を受けるんじゃないか心配した。
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