2人が本棚に入れています
本棚に追加
一滴、二滴。
フローリングに血の華が落ちた。
「あ、」
拭き取ろうとするより早く声が出てしまった。
案の定、夫が血相を変えて、こちらに駆け寄って来る。
大丈夫、大丈夫。昨日の夜は先月発掘したお店のボンボンショコラの詰め合わせを一緒に食べたんだから……
「千颯さん、大丈夫ですか!?」
「またチョコ食べて鼻血出ちゃっただけだよ。昨日一緒に食べたでしょ?多分あれが原因だよ。もう、博人君は大袈裟だなぁ」
「千颯さんがチョコレート食べすぎなんですよ!しばらくチョコ食べるの禁止です!」
「そんな!チョコは私の生き甲斐なのに!他のものは我慢するから、せめてチョコだけは……!」
冗談交じりにふざけた声を発していたら、あとから垂れてきた血が口の中に零れていった。ちょっと鉄っぽい味がしてしょっぱい。歯茎から血が出た時もこんな味がする。
ティッシュを数枚貰って、フローリングを綺麗に拭いた。一応、賃貸マンションだから、変に汚したりして博人君に迷惑はかけたくない。赤くなったゴミは一瞥もくれずに捨てた。病気を宣告された当初は、屈んで床を拭くたびに鮮やかな紅色を見てはゾッとしていたが、心の中で折り合いがついてからは自ら”期限”を意識する時間がバカらしいと思うようになってしまった。
彼はその事実を一切知らない。
ヘソクリを貯めているわけでも、浮気をしているわけでもない、世間的に見れば従順な嫁の私が、唯一夫にしている隠し事だ。
最初のコメントを投稿しよう!