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◇◇◇
「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか」
そう、若い医師は私を問い詰めた。
それでも働けていたから。それが理由だったが、正直に言ったら張り倒されそうな剣幕だった。
会社で倒れた私は近くのビル内にある開業医の内科に運び込まれた。
次々に飛んでくる質問になるべく正確に答えていると、徐々に医師の顔は険しくなり、私にも状況は思った以上によくないことくらい察せられた。
「とにかく、ここじゃ充分な治療ができないので専門の先生がいる大学病院に紹介状を書きます。そこできちんと診断を受けてきてください」
「あ……」
止める間もなく、若い医師は机に向かってボールペンで書き始めた。
本音を言えば、この時点で既に治療を受ける気は毛頭なかった。父が癌になって、その治療費を稼ぐのにあくせく働いて、幼い私の面倒まで見てくれた母の背中を見ていたから。
高額な治療費の甲斐あってか、一時、父の癌は寛解したが、しばらくすると再発して呆気なく死んだ。
母はその無理が祟ったのか数年前から父と同じところに癌を患い、ほぼ病院のベッドに寝たきりになっていた。治療費は私が出している。あれだけ必死に私を育ててくれた母だからこそ言いたくないが、私の懐事情は現実を突きつけてくるのだ。
ただ、そうは思っても、他人の命なのにここまで本気になって私がこの身体を放っておいたことに怒る若い医師の想いは汲み取ってあげなくちゃいけないとも思う。
だから黙って、彼の手元を見つめていた。
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